映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評


【本音で語る新作映画レビュー】
シネマッシモでは、映画レビューはネタバレなしのヒントあり。映画を見る前と見た後と、2度読んで楽しめます。
映画評サイトもこのブログで4代目になりました。すべての映画好きを歓迎します!
(点数は100点が、★は5つが満点)
シネマッシモとは、シネマ(映画)とマッシモ(イタリア語でmax,最大)とを組み合わせた造語。
どうぞゆっくり楽しんでください \(^▽^)/

◎ 今週の気になる映画 ◎
「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「ベイビードライバー」etc.

たそがれ清兵衛

たそがれ清兵衛 [DVD]たそがれ清兵衛 [DVD]
◆プチレビュー◆
これは日本映画の良心。山形県の庄内弁が柔らかで魅力的。お勧めでがんす。

明治維新目前の江戸末期。庄内、海坂藩の下級武士、井口清兵衛は、幼子と老婆を抱え、薄給を内職で補うわびしいやもめ暮らし。金もなく酒にもつきあわず、夕方になると自宅に直行する彼を、同僚は“たそがれ清兵衛”と陰で呼んでいた。そんな彼がひょんなことから剣の腕を買われ、藩内の対立分子を斬る命令を受けてしまう…。

時代劇は一種の様式(スタイル)だ。そこには必ずヒーローがいて、華麗な活躍やラストのカタルシスが用意されている。いい意味でのワンパターンの安心感もあり、それゆえ数々の名作、人気作が多い。日本映画を代表する監督である山田洋次監督が初めて手がけた本格時代劇の本作は、その意味では異色といえる作品だ。

真田広之扮する清兵衛は生活に追われる貧乏侍で、みなりも質素を通り越し薄汚く、風呂にも入らないので、上司から叱られたりしている。暮らしぶりもわびしさそのもので、内職で虫籠を作り、せんべい布団や粗末な食事も痛々しい。それでも、幼い娘を愛しみ、ちょっとボケた老母をいたわりながら平穏に暮らしている。清兵衛は基本的に出世には無関心で、家族で幸せに暮らすことが喜びのマイホーム主義者なのだ。

日頃ぱっとしない人物がここ一番という所でスペシャルな活躍を見せるのは、見ていて胸がすく思いだが、この清兵衛も実は剣の達人。幼なじみで密かに恋心を抱いている朋江(宮沢りえ)の危機を救う場面は痛快だ。しかし、この事件が災いし、藩命ではたし合いをするハメになる。もちろん清兵衛は望まない決闘だが、下級武士はいわば一介のサラリーマン、上司の命令を断れるわけがない。

江戸末期、明治維新の光明はもう目の前に迫っている。そんな時代の波を前にしても愚かな跡目争いを繰り広げる藩は、まるで会社が倒産寸前の不祥事に、社長や重役たちが右往左往する現代社会そのものに見える。城の詰所できっちり働く侍たちは、明日会社が潰れるとしても律儀に働くサラリーマンが透けて見えるよう。悲しい習性と宮仕えの不条理さは昔から変わらないし、上層部のワリを食うのはいつの時代も現場で働く者たちなのだ。

時代考証に1年以上かけ、細部にこだわり抜いただけあって、全編がリアリティ。決闘に臨む清兵衛の身支度を手伝うため走ってきた朋江の髪もちゃんと乱れている。清兵衛の髪を整える場面は濃厚なラブシーンにも似て、愛しい人を死地に送らねばならない朋江の声にならない思いが伝わるよう。武家の女性らしい凛々しさと黎明期特有の新しい価値観の持ち主の朋江は、日本女性の美を体言する存在に思えた。

特筆すべきは殺陣シーンの迫力。敵役を演じるのは前衛舞踏家の田中泯で、これが映画初出演となる。図らずも命のやりとりをする男たちの恐怖やむなしさが見事だ。宮使えの辛さを知る2人が心を通わせる会話と殺陣の緊張感の対比が、独特の“間”を生みだしている。解釈も見る人によりいろいろだろう決着の付け方もいい。

ささやかな希望、哀しみ、そして勇気。実際の侍家業はしんどいものである。リアルさが魅力のこの物語は、清兵衛の娘の遠い日の思い出として綴られている。回想形式は嫌いではないし、それはそれで効果的なのだが、観客と物語の間に距離感が生まれるのが難点。個人的には、通常のスタイルで、より生々しく侍魂のてん末を描いてほしかった気も。

藩命とはいえ命がけの決闘はおそらく主人公の人生のハイライト。しかしそれは愛するもののために闘っただけで、やがて忘れられる歴史の些細なひとコマにすぎない。ヒューマニズムが全体ににじむわりには説教臭さがないのがいい所だ。そのくせ、最後には涙なのだからかなわない。名もない下級武士の心意気をしみじみと描いて清々しい感動を生むドラマは、今後の時代劇の道しるべになりそうな予感だ。

原作は、故藤沢周平の短編「たそがれ清兵衛」「祝い人助八」「竹光始末」の3編。

□2002年 日本映画
□監督:山田洋次
□出演:真田広之、宮沢りえ、丹波哲郎、他

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まぼろし

まぼろし<初回限定パッケージ仕様> [DVD]まぼろし<初回限定パッケージ仕様> [DVD]
◆プチレビュー◆
美しく年齢を重ねた人の優美さを見よ。ぜひお手本にしたい50代のランプリングに思わず見惚れる。原題は「砂の下」の意味。

マリーとジャンは25年連れ添った幸せな夫婦。例年通り、夏のバカンスで海辺の別荘に来たが、マリーが浜辺でまどろんでいる間に、ジャンが行方不明になってしまう。事故か、失踪か、もしや自殺か。大掛かりな捜索が行われるが、手がかりはつかめず捜査は打ち切られる。失意のままパリへ戻るマリー。今までと同じ日常を営むマリーは、ある日ジャンの幻を見るようになる…。

久しぶりに目にする日本語の、それもひらがなのタイトルが新鮮。最近はもっぱら原題が多く、そうでなくてもカタカナの題がほとんどなので、この「まぼろし」という邦題はひときわ目を惹いた。古風な書体で、縦書きで書かれているチラシも珍しく、いったいどんな作品なのかと公開前から妙にそそられる映画だったものだ。

人は愛する者の喪失を、どう乗り越えるのか。過去に幾度も描かれたテーマではあるものの、こんなにシンプルで奥深い作品に巡り合う事はめったにない。全盛期のミケランジェロ・アントニオーニの傑作「情事」を彷彿とさせる内容で、これを撮ったのが、問題作ばかりを世に問うF.オゾンだとは。

穏やかに平凡に暮らしてきたマリーとジャンの50代の夫婦は、お互いに深く愛し合っている。いや、愛し合っていると思っていた、少なくともマリーの方は。波にさらわれるかのように夫が突然いなくなる。にわかに受け入れ難い出来事だが、安否が不明では心の整理さえできない。まるで宙吊りの状態がなんとも残酷なのだ。夫の死を消化できずに彼の幻を見るマリーが「夫は自殺するかもしれないわ。」と、友人に未来形で語り始めるところは、印象的でスリリングだ。

ジャンの不在の真相をサスペンス仕立てで描いていくのが巧みな展開で、妻が夫の幻覚を見る情景も緊張感に溢れている。細部まで練られた脚本に感心した。リアルさと幻影が混在する独特の空気は、マリーの深い孤独感をより強く響かせ、心が揺さぶられる。しかし、容赦ない現実が、観客とマリーに忍び寄ってくる。初めて知るジャンのうつ病と義母の思わぬ冷たい言葉に、マリーの心のバランスは、希望と絶望の間で揺れ動く。よせては返す波打ち際は、生と死の境界線だったのか。ノーメイク、裸身をもさらして演じる50代の名女優ランプリングが素晴らしい。

殺人、同性愛、近親相姦と、アブノーマルな要素を常に盛り込むオゾン監督が、正攻法で撮る映画はあまりにも奥深い。従来のハジケたところは皆無だった。この人は“普通の”作品も撮れるだ!改めてその才能に驚かされた。ヨーロッパでは“いい女”の象徴とあがめられる存在のランプリングとの出会いは、まさに映画界の奇跡と言ってもいいほど。ハリウッドには到底真似できないコラボレーションといえるだろう。

終盤、夫であろう屍が上がり、マリーは事実に対峙せざるを得なくなる。むごい現実は、癒せぬ心の傷をマリーに負わるが、彼女が自ら引き寄せたのは愛の持続という啓示。自分の存在を保ち続け、現実を享受し、ジャンを愛し続ける。

人は、長く寄り添えばお互いを完全に理解できるのだろうか。そして孤独を癒すことは可能なのだろうか。人生を突然襲う受け入れがたい現実への心の準備など、誰も教えてくれない。まぼろしを見た意味を、砂浜で嗚咽し、走り抜けるランプリングが体言している。ラストシーンの余韻は深く透明だ。人間の絆と孤独を描くドラマはオゾンの新境地。喪失と受容は時間をかけて染み渡る。

□2001年 フランス映画 原題「Sous le sable」
□監督:フランソワ・オゾン
□出演:シャーロット・ランプリング、ブリュノ・クレメール、他

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ディナーラッシュ

ディナーラッシュ [DVD]ディナーラッシュ [DVD]
◆プチレビュー◆
歴史に残る名作、大作ではないのは判っている。でも、ツボにハマり最高に好きなのはこんな映画だ。

トライベッカ地区のレストラン「ジジーノ」は、今夜も空席待ちのお客で長蛇の列。経営方針の違いで対立するオーナーと息子を中心に、店の料理人やお客たちがさまざまなハプニングを引き起こし、雑多な人間関係が披露されるが、ギャンブル好きの副シェフと店の乗っ取りを企む新興マフィアの登場により、思いがけない事態が発生。厨房の忙しささながらに、意外な結末へとなだれこんでいく…。

根っからの食いしん坊の私はいわゆるグルメ映画が大好き。食を描いた作品となると、無条件に観たくなる。忘れられない映画は数々あれど、1本だけ挙げるならば、ストイックな精神世界を描いた渋いグルメもので、数々の賞にも輝いた静かなデンマーク映画「バベットの晩餐会」あたりだろうか。一方「ディナーラッシュ」は、それとは対極にあるような、とびきり面白くスピーディでスタイリッシュな群像劇。食してみると、これが何ともいいお味。

NYに実在するレストランで即興的に撮影されたという映像は、強烈なインパクトとしなやかなカメラワークで、喧騒を極める店の内部を次々に観客に披露する。柔らかくほの暗い茶色で統一された店内と、蛍光灯でギラギラした戦場のような厨房との対比も臨場感に溢れ、使い込まれた道具たちが誇らしげに働いている場所。罵声や笑い声で活気に満ちたキッチンの裏側は、それだけでも充分に観る価値がある。

昔堅気の父親ルイスの始めた家庭料理の店は、今やスターシェフの息子ウードが切り盛りする大人気のトレンディスポットへと様変わり。これが父親にはおもしろくない。オヤジは昔ながらのミートボールや、胡椒で味付けされたソーセージが食べたいのに、何なんだ、息子の作るこのヘンテコな料理は!いくら人気があってもオレは認めないゾ。そんな親子の世代交代のドラマが物語の核となる。

登場する人物は皆、魅力的で、さまざまなバランスの力関係がスリリングで絶妙。経営方針で対立する父と息子はもとより、新興マフィアと昔堅気の胴元、シェフと副シェフの間には美貌の女性スタッフがからみ、芸術家気取りの嫌味な画商と勝気なウェイトレスとのやりとりや、雑学でチップをかせぐバーテンダーもユニーク。そして、そんな客やスタッフたちをあきれて見つめるウォール街の証券マン。まるで演劇の舞台空間のように人々が交差する。おまけに種と仕掛けが満載ときた。

セレブ気取りのいけ好かない客たちの中、スノッブな女性料理評論家の容貌が笑える。女装したミック・ジャガーじゃないのかと一瞬我が目を疑った!また、クィーンズ地区から来た新興マフィアの二人組も、店の乗っ取りを狙いながら、実はトラッドなイタリア料理を好んでいるあたり、設定の細やかさが見て取れる。「普通のボンゴレをくれないか。ヌーベル・キュイジーヌは苦手でね。」

軽い小品ながらこの満足感はどうだ?!わずか一夜の間に、多様な人物を、世代交代、経営危機、芸術論や三角関係、果ては殺人事件にまで、見事にからませてしまう。ドンデン返しがまた小気味良く、この映画がサスペンスでもあったことに気づくのだ。物語は実に破綻なくまとまっていて、短い時間でギュッと濃縮された人間ドラマの結末は、鮮やかでありながら同時にホロリ。なんともおしゃれに盛り付けられた、美味なイタリアン・フルコースだ。

NYのイタリアン・レストランでの一夜を舞台にした新感覚の群像劇。溢れるスピード感としゃれた雰囲気が巧みにブレンド。極上の逸品をぜひ味わって。

□2001年 アメリカ映画 原題「DINNERRUSH」
□監督:ボブ・ジラルディ
□出演:ダニー・アイエロ、エドアルド・バレリーニ、カーク・アセヴェド、他

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ロード・トゥ・パーディション

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◆プチレビュー◆
冒頭の回想でオチが読めるのが惜しい。ハンクスは、演技も重いが、体重も重かった。

大恐慌時代のアメリカ。アイルランド系ギャングの殺し屋サリヴァンの息子マイケルが殺しの現場を目撃したために、組織のボスの息子コナーはサリヴァンの妻と次男を殺害。ボスのルーニーはサリヴァンにとっては恩人で父とも慕う人物だったが、組織への復讐を誓ったサリヴァンは、やむなくルーニーと敵対することになる…。

バイオレンス描写満載の傑作時代劇「子連れ狼」の主人公は拝一刀(おがみいっとう)。剣の達人である一刀がなぜ、復讐の旅に足手まといの幼子を連れているのかというと、父として、我が子と地獄の果てまで落ちる決心があるから。冥府魔道(めいふまどう)に生きる覚悟で闘うその姿は、まさに修羅。これもまた、ひとつの親の愛の形か。

父としての行動は全く異なる本作。しかも劇中には2組、更に擬似親子とも言える関係を含めると、3組の父と子が登場し、その感情も複雑で単なる復讐物語ではない。古風なギャング映画でロード・ムービーの形をとりつつ、親子愛を描いた本作のテーマは組織の掟と家族の絆、更に、父親としての愛と責任なのだ。物語は、大五郎よりかなり年上の息子マイケルの回想で始まり、その思い出は、過酷でありながら、同時に輝きのある出来事として綴られている。

ベテランのP.ニューマンがいぶし銀の貫禄で演じ、存在感が抜群。不肖の息子を持つ父として悩み苦しむ姿が何とも痛ましく、渋みもあって見事だ。一方、寡黙で威厳がある父親の、抑えることができない真摯な愛情を巧みに演じるハンクス。あぁ、やっぱりこの人は上手い。残虐な殺し屋を演じるのが、美しさと演技力を併せ持つジュード・ロウ。この殺し屋のキャラが際立って個性的でおもしろすぎるため、劇中でやや浮いているのが気になるところか。

パーディション(地獄)という名の町を目指すふたりの行く道に待つものとは?息子だけは生きてほしいと、親子の別れを覚悟した上の命がけの旅をする父サリヴァン。子連れ狼との決定的な違いがここにある。冥府魔道の道連れになど決してするものか!

父親としての愛情と責任とは何なのか。父は息子に何を伝えられるのか。愛を表すことが苦手な父と、息子を愛するが故に葛藤し、責任を果たせない父。彼らが対峙するシーンは、父親である両者が信頼しあっている分だけ悲劇性が増し、やるせなさと逃れられない宿命を表していて、見ごたえ満点だ。

舞台演出出身のメンデス監督の、風格ある演出と本格的で懐が深いドラマが堪能できる。更に、映画界でも5本の指に入る名カメラマン、コンラッド・ホールの撮影と聞けば、その映像の気品と様式美は約束されたようなものだ。悲劇を予感させる暗い色調の映像が緊張感を醸し出し、父子の“道行き”の物語を彩る。渋い色彩ながら、雪の街のたたずまいや、蝋燭の光などは、絵画のように重厚だ。特に白眉は、クライマックスの夜の雨の中の殺戮シーン。その美しさには、ただため息。

凍てつく冬から新緑の春への旅の中、父が命がけで託した希望を少年は確かに受け取る。澱みなく流れる物語、素晴らしい演出と美しい映像、役者も一流なら、脚本も見事。ご都合主義的な人物も登場せず、余韻の残るラストがまたすばらしい。こんなに完璧だと、逆に悪口を言われるかも…と心配になってしまうほどだ。正攻法で描くのでストーリーの先は読めるが、それが何だと言うのか?!古典の趣を感じる映画はどんな観客をも満足させる。いいものはやっぱりいいのだ!

復讐と救済の旅をする父と子の愛を、新旧3大スターの競演で描くアクション叙事詩。“良い悪人”を演じるハンクスとニューマン。久々に出会った奥行きのあるドラマだ。

□2002年 アメリカ映画 原題「Road To Perdition」
□監督:サム・メンデス
□出演:トム・ハンクス、ポール・ニューマン、ジュード・ロウ、他

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アバウト・ア・ボーイ

アバウト・ア・ボーイ [DVD]アバウト・ア・ボーイ [DVD]
◆プチレビュー◆
子供嫌いを克服しようと思う人におすすめ。しかし、スタ・トレのMr.スポックみたいな、マーカス君の眉が気になってしょうがなかった。

親の遺産で自由気ままな生活を送る、38歳の独身男ウィル。あとくされのないシングル・マザーをナンパすべく毎日努力の日々だが、ある日、デート相手の友達の自殺未遂を阻止したことから、その息子のマーカスと知り合う。大人びた少年マーカスはぐうたら男ウィルを慕い、彼のアパートへ毎日通うようになる。最初は迷惑顔だったウィルだったが、いつしか自分がマーカスと過ごす時間を楽しんでいる事に気づく。そんな彼の変化は、新しい恋を呼び込むことになるのだが…。

この映画、「ハイ・フィデリティ」のニック・ホーンビィの世界的ベストセラーが原作。「ブリジット・ジョーンズの日記」の男性版と、各種メディアで紹介されているが、タイプは全然違う。ブリジットは人を騙してナンパしたりしないし、むしろ騙されるタイプ。こちらのウィルは女好きではあるけれど人との関わりを煩わしいものとしか思っていないから、女性との関係は別れが前提。だって彼のモットーは「人間は孤島だ。僕はイピサ島だ!」なのだもの。共演者と噂にならなかったのは本作が始めて!とマジメな顔して言っていたグラントが、まさにハマリ役だ。

12歳の少年と、38歳の独身男のモノローグのセリフには、本音と建前のギャップが満載で大いに笑える。同時に、さりげなく二人の過去や背景も説明するので展開もスムーズで、脚本の上手さを感じる。世の中をナナメに見ていて、他人と上手く関われないけど人恋しいなど、実は似ている部分がある二人。お互いに知り合うことで、自分の考えの間違いに次第に気付いていく。

軽妙な笑いの中に、ホロリとさせる仕掛けを隠し、ベタじゃない演出が巧みで、ウェイツ兄弟監督のセンスを感じさせる。あくまでウィルとマーカスの男二人に焦点を絞ってストーリーを展開させたのもいい。ラスト近くに二人が力を合わせて自らの自信を取り戻すイベントが用意されているけど、ここも普通だったら涙の盛り上がり場面になるところをサラりと流す。ブリジットのように抱き合って終わったりはしないけど、彼らの人生観や恋愛感が確実に変わったことが、観客にはちゃんと伝わるのだ。

財産あり、家庭なし、責任なしの気楽な暮らし。ウィルのような生活は都会ならば、ある程度可能だし、正直言うと世の男性の理想の形だったりするのかも。でも、人間関係の煩わしさと素晴らしさを計りにかけたとき、どちらが重い?他人との関わりを面倒に思う時はあっても、やっぱり人恋しいのが本音。イピサ島が魅力的なのは、無人島ではなく、皆が集まる楽しいリゾートだからだし、ウィルが責任ある大人に、マーカスが明るい少年に変わるのもお互いに補いあったから。他人と真剣に関わることが社会参加ができるパスポートなのかもしれない。

それにしても大人っていったい何?家庭を持つことイコール大人という安易な考えは、今の世の中では賛成できない。でも、他人との関わりを避け、無責任に生きることイコール大人失格というのは大賛成だ。主人公はヒーローにならず、少年の家庭環境も変わらないけど、友情を糧に一皮むける二人の男たちの周りには、楽しげで小さなコミュニティが生まれていた。単なるコメディや安易なハッピーエンドとして終わらせることなく、孤独や愛情、そして家族といった深いテーマをチラリと見せて、それをユーモアでくるんだ本作。絶妙なのは、大人になりきれないとコドモ大人と、世の中に背をむけたオトナ子供のコンビだった。

□2002年 アメリカ映画 原題「About A Boy」
□監督:ポール&クリス・ウェイツ兄弟
□出演:ヒュー・グラント、ニコラス・ホルト、トニ・コレット、他

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クライム&ダイヤモンド

クライム&ダイヤモンド ~スペシャル・エディション~ [DVD]クライム&ダイヤモンド ~スペシャル・エディション~ [DVD]
◆プチレビュー◆
映画のチラシやポスターを目にした人すら、ごく僅か。こんなイイ映画がどうしてこんなに冷遇されたのか?!と憤慨。

場末のホテルの一室で、偽造詐欺師フィンチの頭に銃が突きつけられている。殺し屋“毒舌ジム”は、フィンチ殺しの報酬金が振り込まれる90分の間におもしろい話を聞かせれば、命を助けると提案。実はジムは、筋金入りの映画フリークなのだ。追い詰められたフィンチは、しかたなく自らの体験を語り始めるが、その話は、ダイヤと脱獄、殺人と美女が絡む、まさに“映画のような”物語だった…。

尊敬すべき人物に対し、その映画を捧げることを「オマージュを捧ぐ」と言う。オマージュとは、もともと仏語で“敬意”の意味。「クライム&ダイヤモンド」は映画そのものにオマージュを捧げている。監督が約10年という長い歳月をかけて書き上げた脚本は、練り込んだ内容と、過去の名作映画への愛が満ち溢れ、映画ファンの心をくすぐるたまらない1本だ。しかも、ただ回顧的な趣だけでなく、個性的なキャラクターと、Q.タランティーノを連想するほどの目まぐるしくスピーディな構成は、クライムサスペンス、フィルム・ノワール、コメディ、ロマンス等、様々な要素を絶妙にミックスしながら進む、非常に現代的なもの。奇想天外なドラマとなっていく展開には目が離せない。

フィンチは、自分の命を救うために、シエラザードよろしく話を始めるが、彼には千夜はおろか一夜の余裕もない。なにしろ90分以内に、映画フリークの殺し屋ジムを楽しませるイケてる話をしなきゃいけないのだから。フィンチが語る物語は事実か否か。「いいね、回想シーンは大好きだ。」と殺し屋ジム。鮮やかなダイヤ強奪に端を発し、刑務所からの決死の脱獄、なりすましたはずの人物の意外な素顔を知らぬままマフィアに追われ、ダイヤを取り戻すため、なんと再度刑務所に入る。そして、ヒロインのテスとのロマンスもあり、ジムも思わず身を乗り出す。「いよいよ来たぞ、これぞ意外な展開。」そんなのあり〜?!の設定がまた楽しい。はたして、フィンチは追っ手から逃れ、ダイヤとテスの愛を手にすることができるのか?話の合い間に、ドジなマフィアの手下や妖艶なドラッグクィーン、アクの強い検視官等が登場して、場を盛り立てる。

個性的な登場人物の中でも、ひときわ魅力的なのが映画フリークの殺し屋“毒舌ジム”。彼の話す言葉の大半は映画の台詞の引用で、ご親切にちゃんと年号まで付け加える。フィンチ殺しを請け負う連絡が入るときも、彼は映画館の暗闇で、ヘップバーンの名画「ティファニーで朝食を」のラストを見ながら、感動で涙ぐんでいるのだからかわいい。そのくせ、ジムは、狙った相手の眉間を一発で撃ち抜く凄腕の殺し屋なのだ。引用する映画も「レベッカ」「深夜の告白」「マルタの鷹」「サンセット大通り」など名作たちばかりで、映画ファンは思わずうれしくなる。報酬の振込先口座を言うときも「マックィーンのM、フォンダのF、トレイシーのT、キューブリックのK…」と説明するジム。こんな殺し屋なら会ってみたい!

映画ファンであればあるほど、劇中にクスッと笑うシーンが多いはず。デビュー当時、ヤング・ジャック・ニコルソンと評されたC.スレイターに殺し屋ジムが「おまえ、話し方がジャック・ニコルソンに似てるな。」などと言う。スレイター「マジで?」と答えて、観客はニヤリ。映画通ならば本当に楽しめる1本だが、あまり知識がなくても大丈夫。だって、映画フリークの殺し屋“毒舌ジム”が映画の中でちゃんと教えてくれるから。

絶対絶命の危機を頭脳とトークで切り抜けるには、映画ネタが必須。最後に殺し屋がみせる“しぐさ”は、映画好きなら誰もが知っている名作のワンシーン。思わず拍手を送ってしまう画面の中に、ジーン・ケリーを見る喜びのおまけつきだ。往年の映画の名シーンを絡めて描く異色のサスペンス。見終わってしみじみ思った。あぁ、映画ファンで良かった…と。

□2000年 アメリカ映画 原題「Who is Cletis Tout?」
□監督:クリス・バー・ヴェル
□出演:クリスチャン・スレーター、ティム・アレン、ポーシャ・デ・ロッシ、他

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サイン

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◆プチレビュー◆
思わせぶりなこのサインだがその正体は…。巨額の費用をかけた、とうもろこしのCM映画か?!

妻の事故死以来、信仰心を失った元牧師グラハムのとうもろこし畑に、突如として奇怪なミステリー・サークルが現れる。同時に、家族の周りで、そして全世界で不可思議な出来事が起こり始めた。人間とは違うと思われる不気味な生物を目撃したグラハムは、家族を守るために、立ち上がるが…。

こういうのを確信犯というんじゃないのか?!絶対秘密主義の脚本、全世界試写会禁止、映画公開まではノベライズ本も発行できない。このように、期待感を煽り、映画前半もジワジワと出し惜しみしながら、衝撃の結末で、“あらら…なんじゃこりゃ”というオチをつける。観終わった観客のブーイングまで計算してかますハッタリは超一流で、やはりこの目で謎を確かめねば!と思わせる。判っててやってるに違いない!

信仰を失った元牧師が体験する超常現象の数々。なぜ、彼と家族の周りに出現したのか。世界の終わりなのか。神の啓示なのか。絶望の予感に脅かされるグラハムとその家族。子供達は予知能力に目覚め、ついに家は何者かに侵略されてしまう。物事には偶然はなく、全て予兆があるというのが、シャマラン監督の世界感。

SF、スリラー、恐怖映画…といった方向で宣伝がなされたため、誤解しがちだが、実は一人の男が家族の絆と愛で、信仰を取り戻すお話だ。かといって、特に作品に深みがあるわけではない。むしろ恐怖の中でのユーモアを上手く利用しながら、観客をひっぱっていく、非常に良くできたB級映画と言える。話の筋やディティールは二流映画のテイストなのに、超一流の俳優の起用でバランスをとっているのもいつものお約束だ。

何でもギブソンは私生活では敬虔なカトリック教徒らしい。このギブソンの弟を演じるのは、何やら顔つきがメルに似ていなくもないホアキン・フェニックス。夭折のアイドルだった兄リバーと、イマイチ暗い妹サマーに挟まれたホアキンは、良質な作品に出演しながら、個性的な演技派俳優としての道をひた進む。本作では、元マイナーリーグでならした打撃の名手である弟メリル役で、ラストに重要な役目を担う。でも、ホアキンが劇中で本当に担っているのは“笑い”の部分。内向的な兄を支え、恐怖に対峙しながら、かなり笑わせてくれる。アルミ箔の帽子や、水着ビデオ、家族で行う最後の晩餐などでは、彼がマジメになればなるほど可笑しい。

監督は天才的なコケオドシの腕で観客を楽しませ、自分の中の宗教観を披露していく。エンターテイメントの術は認めるものの、なぜにド田舎に住む主人公が、個人的な信仰心を取り戻すのに、世界規模、宇宙規模の話にする必要があったのか?!と疑問。別に“そんなもの”に遭遇しなくても、偶然と必然を実感できるチャンスはいくらでもあるんじゃないのか?神サマだって昨今、そんなにヒマじゃないと思うけど。なんてことない物事をここまで思わせぶりに表現できる監督の腕は、どーよ?!

笑撃の…、いや衝撃の瞬間に、“それ”の姿がスクリーンに映った途端、私はスベッた。見えない“何か”を描くことで映画界の寵児となったシャマランの、あからさまな映像。逆光といえども、何ともおマヌケな姿を見せられて力が抜ける。当然、集中力も欠如し、私の頭の中には、「?」と「!」と「@@」だけが残った。全ての謎が解けた代償に味わう脱力感。あぁ、どうしてくれる。

□2002年 アメリカ映画 原題「Signs」
□監督:M.ナイト・シャマラン
□出演:メル・ギブソン、ホアキン・フェニックス、他

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モンスーン・ウェディング

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◆プチレビュー◆
濃厚メイクが映えるインド美人に釘付け。祝祭的映像に酔う。

デリーの裕福な家庭の長女アディティが親の決めた縁談を承知して結婚することになる。世界中に散らばる親戚がやってきて、結婚式の準備が進むが、花嫁の気持ちは沈みがち。というのも、挙式目前なのに、不倫相手が忘れられず悩める日々を過ごしているからだ。幾日も行事が続くインド・パンジャブ地方特有の婚礼儀式の中、集まった一族の問題や、ウェディング・プランナーの不器用な恋なども繰り広げられ、それぞれの愛や悩みが、いくつものストーリーを織り成していくことになる…。

ある家族の結婚式を舞台に、そこに集まる人々を描く群像劇のこの映画は、典型的なグランド・ホテル形式。絢爛豪華な結婚の行事は、数日間も繰り広げられ、これがインドの中流家庭の一般のレベルというから、上流はいったいどうなるのか?!民族色豊かな結婚式を背景に、笑いと涙の5つのエピソードが描かれる。

色鮮やかな式の準備と共に、様々な人間関係が観客の目の前に現われる。花嫁のアディティは自らの不倫相手の恋人との未来に絶望しながら、後ろ髪を引かれる。しかも、優しい花婿のことを思うと、自分の不誠実さが我慢できない。お調子者のウェディング・プランナーはメードのアリスに恋をして気もそぞろ。花嫁の従妹で、聡明なリアは、どうやら心の傷があるみたいだし、別のいとこ同士は何やら一目ぼれした様子。それぞれの思惑がからみ、ユーモア溢れるお祭り騒ぎが展開。

まるでインド更紗のように美しく複雑な人間模様の中で、特に光るのは父親ラシッド。セレブな家庭といえども金策に走り回り、娘のために盛大な式をと切に願う姿がいい。伝統的なインドの文化と、欧米的な価値観が混在した一族は、気持ちもバラバラ。家長として親戚をたばね、その輪が壊れないように神経を使う中で、ふと寂しさが募る。嫁ぐ娘の寝姿を見て、「愛情で胸がつまる。幸せになってくれるなら、どんな苦難でも引き受ける。」と長年連れ添った妻にささやく子煩悩なお父さん。我が子同然の姪の身に起こった悲しい出来事にけじめをつけるため、ラストでついに親戚一同の前であることをやってのけるその姿に、拍手喝采だ!

インド映画といえば歌と踊りだが、本作では全て物語の展開に自然な形で登場。アジア特有の陽気な祝祭の高揚とインド独自の官能性には、この上ない至福感が漂う。パンジャブ地方独特の新郎新婦の衣装をつなぎ合わせる儀式は、複雑にもつれてほどけた人間関係を、もう一度優しく結び、全ての葛藤を柔らかく大らかに包み込んでしまう。男と女、親と子、金持ちと貧乏人、近代と伝統など、劇中でさまざまな対比が描かれる。ベンガル人は理性的で禁欲的、一方、パンジャブ人は情熱的で快楽的なイメージだそうでこの部分は本国インドでは大いにウケたとか。

映画のクライマックスは激しいモンスーンの雨の下で行われる盛大な結婚式。プランナーのデュベイのさすマリーゴールドで作った傘の中にも、幸せが見える。過去に降り積もったしがらみをきれいに浄化する土砂降りの雨は、生命力に満ちている。ずぶ濡れの花嫁と花婿の爽やかな笑顔を見ると、大らかな人生賛歌が聞こえてきそう。親子の絆や夫婦愛、家族の結びつきに対する人々の想いは、世界共通なのだ。

苦悩を乗り越える勇気と、何よりも人生を前向きに生きる素晴らしさがメッセージ。浄化作用があり食用や薬用にも用いられるマリーゴールドの花言葉は“真心”。ひとりひとりの感情をみずみずしく描き、そのくせ爽やかにカラッと終わるのがいい。パンジャブ人たちがよく使う言葉“マスティ”は「人生に酔う」という意味だそうだ。

□2001年 インド映画 原題「Monsoon Wedding」
□監督:ミラ・ナイール
□出演:ナジルラディン・シャー、リレット・デュベイ、ヴィジェー・ラーズ、他

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インソムニア

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◆プチレビュー◆
オリジナルのノルウェー映画もおすすめだ。原題は不眠症を意味する医学用語。アル・パチーノの不眠症演技は迫真だ。

アラスカで起こった猟奇殺人事件の捜査のため、LAから相棒と共にやってきた敏腕刑事ウィル・ドーマー。彼は持ち前の観察力で容疑者を追い詰めていくが、犯人追跡中に、深い霧の中で視界を遮られ、誤って、同僚ハップを撃ち殺してしまう。とっさに事実をもみ消すが、犯人に一部始終を見られていた…。

豪華スター共演。この宣伝文句に何度泣かされてきたことだろう。ビッグスターを組み合わせれば、その作品が必ずしも名作になるとは限らない。しかし「インソムニア」は狙い通りの1本で、実におもしろく仕上がっている。もっとも内容的には予想がはずれた。この映画、サスペンスかと思ったら、本当はそうじゃない。事件をきっかけに、一人の人間の内面の葛藤を描く心理劇だ。早い段階で犯人が明かされるので、一種の倒叙ミステリーとも言えるが、犯人を追う過程よりも、主となるのは、追う側と追われる側の逆転や動機、善悪の判断もからめて、のっぴきならぬ状況に追いこまれる主人公の内面。緻密な展開でじっくり掘り下げる。

97年の同名ノルウェー映画のリメイクである本作の舞台は、荒涼としたアラスカの町。誤って同僚を射殺してしまったことをドーマーが隠すのは、かつての捜査で一度だけ、倫理の一線を越えてしまったことがあるから。その事実をただ一人知る同僚の死は、警察内部の査察でドーマーの失脚を狙う者たちの格好の材料となる。このような事情をも把握した犯人は、ドーマーにある取引を提案してくる。断れば同僚射殺の件が明るみに出るし、引き受ければ、無実の人間が逮捕される。正義と保身、そして白夜がドーマーを悩ませ、彼の肉体と精神はゆっくりと壊れていく。

アル・パチーノの不眠症演技が凄い。血走った目、目の下のクマ、不健康そうなパチーノが自分自身と戦う格闘の演技は、見る者にまでドーマーの心的風景を疑似体験させる。過去の秘密と相棒殺しの自責の念から判断力や人間性を失う彼に、巧みにつけいる犯人。善と悪との曖昧ゾーンで苦しむパチーノの熱演がさすがで、圧倒される。気力と体力の限界で自分の意思さえ判らなくなってしまう彼は、いったいどうなるのか。映画始めのゆとりのある人物から、一睡もできずボロボロになっていくパチーノが渋い。

一方、ウィリアムズ演じる犯人は、一見もの静かな知識人だが、狡猾な脅迫といい、通俗推理小説家という凡庸さと、死体に儀式的行為を施す異常さが同居する気色悪い男。悪役に徹するウィリアムズとパチーノの心理的駆引きは、名演技が炸裂する見所だ。実は、ウィリアムズが悪役を演じるのは、初めてではなく、地味な二重スパイ映画「シークレット・エージェント」で、爆弾魔のアナーキストを怪演している。

この不健康中年vs異常中年の対決のレフェリー役が、敏腕刑事ドーマーに憧れを持っている若い女性刑事エリーを演じるH.スワンク。パチーノと共に迷路に迷う私たちを彼女の客観的な視点が導いてくれる。

冒頭から繰り返し登場するシミが広がる繊維のアップの映像の意味は、後半パチーノの口から明かされる。これが、この映画を象徴していると言ってもいいだろう。氷や霧など元は同じ水というアイテムを違う形で見せて、ひとつの出来事がそれぞれにとって異なる意味を持つ物語の伏線の役割を果たし、こだわりが感じられる。

ベテラン刑事の失態をきっかけに、善と悪が同居する人間性を掘り下げる。アイデア勝負の傑作「メメント」はすごい映画だったけれど、今回はいわば正攻法。ノーラン監督は、時間軸をずらさずとも、見事な演出が出来る監督だと証明されたような作品だ。パチーノを始めとする名俳優陣のおかげとはいえ、単なるサスペンスに終わらず、見応えのあるドラマに仕上げた腕はたいしたものだ。

□2002年 アメリカ映画 原題「Insomnia」
□監督:クリストファー・ノーラン
□出演:アル・パチーノ、ロビン・ウィリアムズ、ヒラリー・スワンク、他

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チョコレート

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◆プチレビュー◆
辛口の恋愛映画の秀作。原題は死刑囚が最期にとる食事に由来する言葉だ。R指定だが、子供なんかにはもったいなくて見せられない。

人種偏見が根深いアメリカ南部で、夫を死刑で、一人息子を交通事故で相次いで失った黒人女性レティシアと、瀕死の息子を病院に運んでくれた白人の男ハンクが出会う。打ちのめされた彼女の前に現われたハンクは、人種差別主義者で、更には夫の死刑を担当した刑務所の看守だったのだが、ハンクもまた目前で息子に自殺されてしまうという悲しみを抱えていた。人種の壁を越えて惹かれあう二人だったが…。

映画「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の中で、“男と女は元々ひとつ、引き裂かれた体の半分を探してさまよい続ける…”という内容の歌が出てくるが、この映画の二人は、自分の相棒がこの相手だったと知って、さぞ驚いただろう。それほど、彼らの間には険しい壁があるのだけれど、二人に共通する悲しみという感情がじわっと壁にしみこんで、いつしかひとつになってしまったのかもしれない。

ベリーのオスカー受賞は確かに感動的だったが、実はこれ、父と子の両方を演じるB.B.ソーントンこそが主人公のストーリーなのだ。もちろん演技ではどちらも引けをとらずに素晴らしいけれど、深すぎる喪失感を味わった男女が出会い、再び新たな希望を取り戻すのは、口数は少ないけれど、よく見ると大胆に行動しているハンクのおかげ。ソーントンはこの人物をほとんど完璧に演じている。

息子が目の前で命を絶つというあまりにもショッキングな事件がきっかけで、ハンクは、黒人と女性を蔑視する父親からの呪縛にとらわれていた自分に気付く。代償が大きかった分、彼の価値感は根底から変わるのだが、殆どセリフなしでこの心境の変化を演じきる無愛想なビリー・ボブが本当に上手い。

勿論、前評判に違わず、H.ベリーも秀逸だ。モトが美人だから汚いナリもさまになる。レティシアには、夫の死が解放をも意味し、その後の息子の事故死すら、レティシアを結果的に自由にする。それ故に、初めてハンクと結ばれる前に「私をもう一度、女に戻して!」と叫んでしまうのか。レティシアが冗談混じりに死んだ息子のことをハンクに語りながら、湧き上がる悲しみとやるせなさを爆発させる演技は、心から血を流して演じるH.ベリーの見せ場だ。

人生のどん底を観た男女が初めて体を求め合う場面は、迫真の演技で、カメラワークも実に凝っている。家具の隙間から覗き見るようなアングルや、鏡やガラスに映り込む映像で、二人の本性のぶつかり合いを描き出す。繰り返し映る鳥かごも印象的。一方で、後半に出てくるもう一つのベッドシーンの穏やかさ。この対比が、二人の心の変化を現わしている。チョコレートアイスクリームを買いに出たハンクが、実は夫の死刑を執行した人物だとレティシアが知るのはこの直後だった。

肥満の息子が食べるチョコレートバー、ハンクがいつも決まって注文するチョコアイス。登場人物たちは、手に入らぬ愛の代用品として苦いチョコレートを食べる。沈黙を続けた物語の最後に、ハンクがつぶやく言葉は「俺たち、きっとうまくいくよ」。映画では聞き慣れたはずのこの台詞がこんなに胸に響くとは…。静寂と緊張感の中で、心に深い傷をおった男女は痛ましい愛の旅立ちを決意する。このときのレティシアの表情が忘れ難く、いつまでも映画の余韻となる。

人種差別や家族の崩壊という社会問題を内包しながらも、あくまで軸は男女の結びつき。この作品がR指定なのは、観れば納得。理由は激しい性描写などではない。起こっている物事や人物の感情全てを言葉で説明しないと判らないお子ちゃまには、まだ、この映画は無理だ。黙して語らず、間合いを味わうビターな恋愛物語なのだから。表情や行間から愛と葛藤が読み取れる大人だけが、鑑賞を許される。ラストの場面で見せるH.ベリーの、悲しくて嬉しくて困ったような表情は値千金。無言のこの演技でオスカーをその手にぐっと引き寄せたと確信した。

□2001年 アメリカ映画 原題「Monster's Ball」
□監督:マーク・フォスター
□出演:ハル・ベリー、ビリー・ボブ・ソーントン、ヒース・レンジャー、他

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◆ペンネーム:渡まち子
◆映画ライター、映画評論家
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新聞、雑誌、インターネットで、映画評、映画コラム、DVD紹介などを執筆。他にも、映画コメンテーターとしてラジオ出演、大学での公開講座や企業主催の映画セミナーなど、映画に関する幅広い仕事をこなしながら活動中です。
◆青山学院文学部史学科卒業。西洋史が専攻で、卒業論文はベネチア史。学んだことを生きている間に有効に活かせるのだろうか…と、かなり心配。
◆エトセトラ:
古今東西の映画をこよなく愛す、自他ともに認めるシネフィル(映画狂)です。時に苦言を呈すこともあるその映画批評の基本は、映画へのあふれる愛情と自負しています。どんなダメ映画でも必ずひとつはあるイイところを発見するのが得意技。大のサッカー好きで、欧州リーグからJリーグまでTPOに合わせて楽しんでます。
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