映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評


【本音で語る新作映画レビュー】
シネマッシモでは、映画レビューはネタバレなしのヒントあり。映画を見る前と見た後と、2度読んで楽しめます。
映画評サイトもこのブログで4代目になりました。すべての映画好きを歓迎します!
(点数は100点が、★は5つが満点)
シネマッシモとは、シネマ(映画)とマッシモ(イタリア語でmax,最大)とを組み合わせた造語。
どうぞゆっくり楽しんでください \(^▽^)/

◎ 今週の気になる映画 ◎
「カンフー・ヨガ」「勝手にふるえてろ」「ダンシング・ベートーヴェン」etc.

フォーン・ブース

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◆プチレビュー◆
怖いのは、都会型の偏執狂(アーバン・パラノイア)なのだ。米映画の中では呼び出しが出来る公衆電話の機能を上手く使う場面が多い。最後にチラリと登場する電話の声の主の存在感も抜群。山椒は小粒でもピリリと辛い。

スチュはNYで活躍する自称一流パブリシスト。今日も忙しぶりながら携帯電話を駆使して、情報をやりとりする。女優の卵をくどこうと結婚指輪をはずし、電話するために入った公衆電話でふいにベルが鳴る。反射的に受話器を取ると、見知らぬ男の声が告げた。「銃でお前を狙っている。電話を切ったらお前の命はない」…。

面白い。電話ボックスというごく限られた空間に主人公を閉じ込め、見えない犯人によって彼を追い詰めていく設定の見事さ。主人公スチュの背景や性格を、最初の数分でテンポ良く見せる演出の手際の良さ。観客はスチュがどれほどいけすかないヤツなのかを冒頭で知らされるため、彼の虚飾に満ちた生き方を攻撃する犯人の言動を、スムーズに受け入れることが出来る。例え犯人の意図は不明だとしても。

場所を特定したドラマの場合、しばしば舞台劇のような趣をかもすが、この物語はあくまで映画的空間の中で進行する。クルクルと変わるカメラの視点と、エスカレートする犯人の要求。状況を見守るしかない観客は、恐怖と不安に怯える主人公と、彼を狙う犯人の目線の両方を疑似体験する仕掛けだ。限定空間ながら人間模様も非常に濃く、見応えたっぷりである。

通行人が行きかう大都会にあるガラスばりの電話ボックスは、開放的でありながら人間を閉じ込める相反した性質のスポット。携帯電話が主流の今では、特殊な空間にさえ見える。主人公は、突然過酷なゲームに放り込まれ、スナイパーという“神”から公衆の面前で一枚一枚虚勢をはがされていく。愛人の存在を妻に告げ、邪険にしていたアシスタントに謝罪。電話ボックスは、ここでは大衆に公開された懺悔室と化すわけだ。薄っぺらな人物のスチュは自己の内面と初めて向き合い変化する。

スチュを演じるのは今最もノッている俳優のコリン・ファレル。傲慢で平気で嘘をつく嫌味なギョーカイ人ぶりが上手いが、理由も判らず命を狙われた人物のとまどいを熱演。一人芝居といってもいいほど出ずっぱりなのに、演技の緊迫感が持続するので全く飽きさせない。生意気でゴシップの方が先行する俳優だが、女癖の悪さもこれほど演技が上手ければ許してしまいそうになる。

大都会NYでは勝ち組こそ正義。大勢の人間が、自分の利益にならない者を切り捨て他人の情報を売り買いしながら肥え太っていく。そんな風潮を、映画という法律で裁いているのだろうか。主人公が体験する81分を同時進行で観客も味わえる。低予算ながら名人芸の技が冴える一流のエンターテインメント作品だと感心した。

□2003年 アメリカ映画  原題「PHONE BOOTH」
□監督:ジョエル・シューマカー
□出演:コリン・ファレル、フォレスト・ウィティカー、ケイティ・ホームズ、他

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ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール

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◆プチレビュー◆
大作、続編、リメイクで胃がもたれたら、こんな洒落た小品がお勧め。パートナーが有名女優というと「ノッティング・ヒルの恋人」を思い出す。他の有名人で「ぼくの妻は〜〜」シリーズを作ると楽しいだろうな。

スポーツ記者イヴァンの妻シャルロットは人気女優。当然、社会的知名度は妻の方が上である。プライバシーのない生活と妻の共演相手への嫉妬などで少々疲れ気味だ。そんなある日、パリを離れて英国での長期間の撮影の話が決まる。さらに共演者がプレイボーイのジョンと聞き、イヴァンは心配と嫉妬にかられてしまう…。

歌手のセルジュ・ゲンズブールと女優のジェーン・バーキンを両親に持つシャルロット・ゲンズブールと、夫で俳優のイヴァン・アタルがなんともユーモラスでおしゃれな映画を作った。実生活とは微妙に設定を変えて自虐的要素を加え、セルフ・パロディよろしく楽しんでいるのが好感が持てる。

有名女優を妻に持つ平凡な男が遭遇する苦悩と葛藤。二人で街を歩けば妻はサイン責めに遭い、レストランの予約も自分ではNGなのに妻だとOK。共演相手とのラブ・シーンにやきもきし、さらには長期のロケで別居同然の寂しさだ。夫役のイヴァンは実は妻同様俳優なので、エピソードはフィクションだろうが、さもありなんの場面の連続に見ている側も苦笑する。シャルロットとの記念写真を撮るファンにシャッターを押す役を仰せつかる場面は気の毒で笑ってしまった。

イヴァン・アタルの監督デビュー作となるが、なかなかのセンスの持ち主と見た。ぶっきらぼうな印象のシャルロットの活き活きとした表情が新鮮で、映画の大きな魅力になっている。彼女の何気ないファッションもいい。極めつけは共演相手で嫉妬の対象のジョン役にテレンス・スタンプをもってくる感覚だ。このオヤジは、年をとったとはいえ、相当アブナい雰囲気だもの。かなり鋭いキャスティングである。

夫の喜怒哀楽とともにシャルロットの女優業の苦労も語られる。ベッドシーンの撮影のために、撮影スタッフ全員がヌードになる場面が笑えた。「ヌードはいや!スタッフ全員が脱ぐなら考えるけど」と言ったら、本当にそうしたというエピソードは彼女のものではないが、別の映画での実話だそう。フランスの映画撮影現場って、ほんとにこんなにクレイジーなのか?!

シャルロット・ゲンズブールは自分自身を演じる役や現実に近い役柄に印象的なものが多く、子役時代の「なまいきシャルロット」や、ミシェル・ブランの「他人のそら似」でも上手い演技をみせている。少年っぽさが魅力の女優と思っていたが、いつの間にかまろやかな大人の女性へと変身していた。本作では気心の知れたイヴァンの監督ということもあるのか、驚くほどよく笑う。

ドキュメンタリーブームの中にあって、この映画もジャンルではノン・フィクションに入るだろうか。仏映画らしいエスプリが効いていて、セレブの実生活、ことに夫婦生活を垣間見るおもしろさを味わえるが、軽妙なテンポで作り手側のセンスを大いに感じる1本。ジャズを中心にした音楽も心地よい。さらりとした一筆書きのように、さわやかさが漂う好編に仕上がった。

□2001年 フランス映画  仏語原題「Ma Femme est une Actrice」
□監督:イヴァン・アタル
□出演:シャルロット・ゲンズブール、イヴァン・アタル、テレンス・スタンプ、他

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マトリックス レボリューションズ

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◆プチレビュー◆
結構楽しんだクセに、なんだかんだと文句を言うのは心苦しい。でもこれもひとえにマトリックスに対する期待が大きいからなのだ。やっぱり驚きとエンタメ度は第1作が一番だ。

機械vs人間の壮絶な戦闘もいよいよ最終段階へ。人類の救世主として覚醒したネオは、激しい戦いの果ての昏睡状態の後、目を覚ます。自分自身とマトリックスの謎を追求するネオ。一方、人工知能から人類最後の都市ザイオンの場所を特定されてしまい、互いの存亡をかけた戦いが始まる…。

思い切りよく広げた大風呂敷をいったいどうやって畳むのか。もはや興味はこの一点につきると言っても過言ではない。ネオの運命は。トリニティーとの愛は。人工知能と人類の闘いの勝者はいったいどちらなのか。その全てに明確な答えを出し、スッキリさせてもらえるかと思ったら、そうは問屋がおろさない。シリーズ最終章ともなれば、なんとかして辻褄を合わせねばならないからツラいのは判るが、禅問答のような会話の連続で、決定的にアクション不足なのである。主要キャラであるネオ、トリニティー、モーフィアスの3人は、殆ど職務怠慢で、寝そべっていたり、怪しげな駅に閉じ込められていたり、せいぜい宇宙船ホバークラフトを操縦するくらい。身体をはったアクションの割合は前2作に比べて飛躍的に落ちてしまった。

アクションの山場のひとつは、流線型の動きも見事なイカ型ロボット、センティネルズと人類最後の地下都市ザイオンの軍の激闘。すさまじい物量作戦で、迫力のバトルを繰り広げる。ネオが救世主であることが確定しない以上、勝敗の行方は謎で、思わず手に汗を握るのだが、落ち着いて考えてみれば、このテの戦闘シーンは普通のSF映画のバトルと同じ展開なのだ。カンフー重視のマトリックス的興奮とは別モノなので、何も固唾を飲んで見守るほどのことではない。

魅力的にデフォルメされた数多くの新キャラが多く登場したリローデットと違い、本作では新顔は僅かだ。元々リローデットとレボリューションズはひとつの作品で、無理に2つに分けたという事情を考慮すると、これはいたしかたないことだろう。レボリューションズの数少ない新キャラのひとつであるデウス・エクス・マキナは、いわば機械の大ボス。この究極のマシンとの取引により、セッティングされるのが、ネオと宿敵エージェント・スミスとの対決だ。このあたりの脚本は巧みである。

暴走プログラムであるスミスの正体が判るのは本作の大きな収穫で、豪雨の中での二人の対決はビジュアル的にも文句がない出来栄えだと思う。ブレッド・タイム、いわゆるマシンガン撮影を駆使した全方位型のアクションは、大胆で繊細な水の描写とともに、観客の期待に十分に答えていた。マトリックスは何でもありの仮想空間なのだから、どんな非常識な動きも美しければノー・プロブレムである。結局このシリーズの最大の魅力は、凝りに凝った映像で魅せる超絶技のアクションなのだ。それが見たくて観客はこの映画を見るのであって、細かくて回りくどい理屈はウザいだけだ。

人間をエネルギー源とする人工知能が、それを悟られないために築いた仮想空間がマトリックス。リアルとバーチャルの2つの世界が同時に存在し、その位置関係やシチュエイションが画期的なのだが、レボリューションズでは2つの世界をつなぐ中間地帯の存在である駅が登場する。モバイル・アベニュー(携帯通り)と名付けられているのが、現実と妙にリンクしているようで興味深い。綿密に計算してプログラムしたつもりでも、不意に湧き出る人間の不確定要素は、犠牲や共存というバージョンアップを繰り返しながら存在しているのである。

一種の大団円ともいえるラストに向かって加速する物語の隙間に、しばしば出てくる言葉が“愛”と“選択”。人はある局面に立ったとき何らかの選択を迫られるが、その判断を正しいと確信するためには愛が不可欠なのだ。そうでもなければこのシリーズに落とし前は付かない。多分にキリスト教的なネオの運命は十分に予測可能なものだろう。“愛は世界を救う”などというスベりそうなオチじゃないだけ救われるが、最後に打ち上げられた花火は案外地味で平凡だったというワケだ。あぁ、祭りのあとの寂しさよ。

□2003年 アメリカ映画  原題「The Matrix Revolutions」
□監督:ウォシャウスキー兄弟
□出演:キアヌ・リーブス、キャリー・アン・モス、ローレンス・フィッシュバーン、他

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キル・ビル Vol.1

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◆プチレビュー◆
「キル・ビル Vol.1」ではラストの「恨み節」で大爆笑!日本刀を機内持ち込みにするいいかげんさも笑えた。オーレン・イシイの生い立ちを語る日本製アニメが出色。故深作欣二監督に捧げられているが、巨匠も草葉の陰で笑いながら楽しんだに違いない。

かつて最強の殺し屋だったザ・ブライドは、自分の結婚式で、夫やおなかの子供、友人まで皆殺しにされ、自らも頭を撃ち抜かれる。一命を取りとめ、4年間の長い昏睡状態から奇跡的に目を覚ました彼女は、かつてのボスであるビルとその手下たちに復讐するため、世界を股にかけた闘いの旅に出る…。

自分の大好きなものを映像化するのは、監督にとって案外難しい作業だと思う。正統派のアプローチで冗長の力作になり観客を疲れさせるか、思い入れが強すぎて自身の力量とバランスがとれず空回りすることが多い。だが、そこは才人タランティーノ。ヘタな色気は出さずに、徹頭徹尾のアクションで押しまくった。既成概念をブチ壊す本作は、ハンパじゃないB級映画への偏愛で、極上の娯楽作となっている。

タイトルが示す通り“ビルを殺(や)る”のが大筋の、いたって単純な話だ。但し、Vol.1とVo.2に分けて公開されるので、まだまだ明かされない部分は多い。タランティーノが得意とする時間軸をバラバラにする語り口で、時と場所を自由に移動する登場人物たちは、誰もがヘンテコで大仰なキャラばかり。ヤクザの女親分、寿司屋と刀鍛冶を兼ねる剣術指南、高校生の殺し屋などなど、まるでマンガだ。まったくリアリティがない分、ヒロインの強い思いが際立ち、様式美に溢れた映像はどこまでもクール。スタイリッシュなトホホ感覚というものが存在するなら、まさにこれだ。

今回の主な舞台はLAと沖縄と東京。予想通り、ニッポン勘違い度炸裂で、我々には2倍は楽しめる。日本のヤクザ映画や時代劇、香港のカンフー、マカロニ・ウェスタン、スパイ映画などのエッセンスを全てごちゃまぜにして映像化。元ネタがあまりにマニアックなので、ほとんど理解不能だが、それを知らなくても、十分にエモーショナルな興奮が味わえる。タランティーノが“日本映画で知るニッポン”がうかがい知れて、非常に興味深い。

映像的には、血の見せ方には並々ならぬこだわりを感じる。青葉屋でのユマの百人斬りは、首が飛び手足が吹き飛ぶ壮絶な血まみれシークエンスだが、残酷というより笑いが漂っていた。“ほがらか”に噴きあがる血の噴水と強引なギャグセンス。匿名性の強い相手を次々に倒す様は、ゲーム感覚だ。その果てのクライマックスは、おかしな日本語を棒読みするユマとルーシーの対決で、舞台は雪の日本庭園。さっきまで晴れていた気象事情はさておき、長身で重心が高くなりがちなユマも、着物姿で長ドスを持つ寄り目のルーシーも、結構サマになっている。けれん味たっぷりのフラメンコの音楽が、巨匠セルジオ・レオーネを彷彿とさせ、興奮必須だ。

デタラメでいいかげんな活劇ワールドを、一流の技術で作ってしまう。一方的な趣味の世界だが、単なるパロディや模倣ではなく、独自性をもって昇華、転生しているので、他に類を見ない躍動感とゴージャスさが生まれた。バイオレンス描写が苦手な人にはお勧めできないが、新感覚のハリウッド流チャンバラで、女性賛美映画と取れなくもない。バカバカしいものに真摯に取り組むタランティーノは、やっぱりスゴい。映画ファンは、結局こういう映画を愛していることを、彼はちゃんと知っている。

□2003年 アメリカ映画  原題「KILL BILL Vol.1」
□監督:クエンティン・タランティーノ
□出演:ユマ・サーマン、ルーシー・リュー、栗山千明、他


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キル・ビル@ぴあ映画生活

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価格:1,619円(税込、送料別)

インファナル・アフェア

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◆プチレビュー◆
すばらしい脚本に、上手い俳優陣。それなのにこの覚えにくいタイトルはマズすぎる。もっと判りやすい邦題を付ければ宣伝効果も上がったものを…。

香港。大麻取引に関わる2人の対照的な男がいる。ラウが警察学校に入ったのは、マフィアのボスの命令で内部情報を流すため。一方、同じ警察学校に通っていたヤンが強制退学させられたのは、その能力を買われ、密かにマフィアに潜入し実情を探るためだった。それぞれ身分を隠して過ごした月日は10年。ある事件で互いの内通者の存在が発覚し、その裏切り者を探すことになる…。

この作品、すでにハリウッドでリメイクが決定している。昨今アジアン・ホラーの焼き直しが大流行しているが、この映画はホラーでもなければ、香港映画特有の派手なワイヤーアクションや銃撃戦でもない。もちろんおバカな笑いやクンフーとも無縁。正統派だが、いたって地味で渋いハード・ボイルドだ。こういうジャンルの映画がハリウッドに認められたのは、アジア人の一人として喜ばしいと思う。しかも、あのブラピが出演を熱望しているというから話題性も十分だ。

映画の一番の魅力はトニー・レオンとアンディ・ラウという、香港を代表する2大スターの共演だ。トニーは甘いマスク、アンディは男っぽい雰囲気と対照的なのだが、二人とも渾身の演技で熱演している。立場は違うが、共に本当の自分を隠して生きねばならない葛藤。この二人の距離が少しずつ縮まっていく展開がスリリングだ。日の光を浴びない人間のやましさが、セリフではなく表情ににじむところが実に憎い。

陰と陽と簡単に割り切るには、登場人物の設定は複雑。マフィアのボスの右腕となりながら裏社会でもがくヤンは、恋人とも別れ身も心もボロボロに疲れて極限状態に。一方、警察で出世街道をひた走り豪奢な生活を楽しむラウは、いつしかマフィアであることよりも長年住む嘘の世界の安定を手離せなくなる。複雑な内面描写は、今までの派手な香港アクションにないもので、見応え十分。華を添える女優陣も含め、脇役の描き方も丁寧で、物語に厚みを与えている。

男性ファンならどちらかに自分自身を投影し、女性ファンはどちらかに強く惹かれるだろう。しかし、突き詰めると、対照的に見える二人は、お互いを映しどこかで判りあっている鏡のような存在だ。実像と虚像といったらいいだろうか。全編を暗い映像が占めるが、時折挿入される青空が心に残る。

冒頭の回想シーンで、マフィアのボスが仏の前で言う「自分の道は自分で決めろ」というセリフがこの物語の軸になっている。原題の「無間道」とは、仏教用語で無間地獄のこと。絶え間ない責め苦を受ける場所の意味だ。無限ではなく無間というところが考えさせられる。勝ち組、負け組という単純な分かれ方ではない。他人と自分自身を一生あざむいて生きることの苦しみは、どこにも属さない地獄の苦しみなのだ。

□2002年 中国(香港)映画  原題「無間道/Infernal affairs」
□監督:アンドリュー・ラウ、アラン・マック
□出演:トニー・レオン、アンディ・ラウ、ケリー・チャン、他

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ぼくの好きな先生

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◆プチレビュー◆
子供の卒業や先生の退職などで“泣かせる”演出は何もなく、淡々としているところがいい。ロペス先生には教師は天職。この天職に巡りあったということが何より羨ましい。実はドキュメンタリーが大好きなので、昨今のブームは非常に嬉しい。作り手の苦労の割には報われる部分が少ないのが残念だ。

フランスのオーベルニュ地方にある小学校。そこでは3歳から11歳までの13人が一つのクラスで一緒に学んでいる。先生は55歳のロペス先生。個性溢れる生徒たちと、ベテランの教師。彼らの生活はゆったりとした時間の中で流れていく…。

空前のドキュメンタリーブームと言っても過言じゃない昨今。音楽もの、社会問題を扱う問題作、有名俳優や監督の一生を綴るものなど、様々なスタイルの作品が生まれている。N.フィリベールは長らく自然や人物を主体とした記録映画を撮り続け、その手腕が国際的に高く評価されている監督だ。

年齢が異なる子供がひとつのクラスで学ぶ複合学級は、特殊な教育形式だ。小さい子供と大きい子供は互いに協力し合い、ロペス先生はゆっくりと、根気強く彼らを指導する。教壇の上から講義はせず、生徒の横に体を低く曲げて寄り添い、静かに話しかける。厳しいが誠実なその態度から、生徒たちは自分たち一人一人が気にかけてもらっている親しい空気を感じ取ることができるだろう。

子供たちはカメラを意識することは殆どない。優れた記録映画の基本である、作り手と対象の信頼関係が築かれている証拠だ。年齢や、体力・知力にバラツキがある子供たちの共同体は、すなわち、異なる価値観を持つもののコミュニティ。先生は、掛け算や書き取りを教えながら、ケンカは話し合いで収め、約束を守ることの大切さを時間をかけて学ばせるのだ。時には皆でクレープを焼き、ソリ遊びをする楽しいひと時も。一方で、父親がガンを患う生徒には、「人生には病気はつきもの。病気と一緒に生きていくんだよ」と諭す。気休めではなく、現実的な言葉の中に、例え相手が子供でも真摯に接する本物の優しさがあった。

ロペス先生のスタイルは、いささか古風で、都会では通用しないだろう。教育現場が実際に抱える問題を思えば、絵空事にさえ感じる。だが、このフィルムに映る生徒たちの生き生きとした表情と溢れる温かみは何なのか。中学校へ進学する子供の不安に細やかに対応し、生徒の家庭の問題に心を砕く姿に感動を覚えるのはなぜなのか。それはこの小さな教室に、寛容さと信頼関係という理想を見るからなのだ。その理想が私たちの現実とはあまりに遠いことを知っているからなのだ。何気なくあたりまえの日常を切り取っただけのこの映画に感動的するのは、この風景がもはやあたりまえではなくなっている現状があるからに他ならない。

美しい四季と子供たちの自然な姿は詩情に溢れている。他者を他者として認めることの重要さが彼らの暮しの中には確かにあった。こんな環境なら、子供も親も教師も素直になれる。羨ましさばかりが募る罪な映画でもある。明日から夏休みという終業式を終え、映画も幕を閉じる。学校を去り難いと感じる子供たち。安堵と寂しさが入り混じる教師の表情。学び、成長することの喜びと難しさを、今一度考えたい。

□2002年 フランス映画  仏語原題「Etre et avoir」
□監督:ニコラ・フィリベール
□出演:ロペス先生と3歳から11歳までの13人のクラスメイトたち

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マッチスティック・メン

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◆プチレビュー◆
R.スコット本人は実生活で大変な潔癖症。この映画はPG-12指定。いったいどこがマズいのか調べてみると、後半アンジェラが銃を撃つシーンが「子供が銃を撃つのはよろしくない」との判断だとか。

潔癖症の詐欺師ロイは相棒のフランクの勧めで精神科医に通っている。医者が言うには、彼の潔癖症の原因は、14年前、別れた当時妊娠していた妻が産んだであろう子供の存在にあるとのこと。探し当てた娘のアンジェラは父親の職業に興味を示し、なりゆきで大きなヤマに挑むことに。突然の娘の登場で生活を乱され困惑するロイだが、迷惑さを越えて生じる娘への愛を感じ始めていた…。

監督リドリー・スコット、主演ニコラス・ケイジ、製作総指揮ロバート・ゼメキス。どうだ、この豪華さは。しかも今まで硬派な作品を作り続けたR.スコットがコメディに挑戦するという。「テルマ&ルイーズ」にはやや片鱗が見られたが、本格的なコメディは初めてのはず。しかし、そこはスコット監督、通り一遍では終わらない。物語はいわゆるコン(詐欺)・ムービーだが、そこにもうひとひねり味付けされている。

小さく手堅い詐欺を巧妙に繰り返し、孤独ながら優雅で快適な生活を送るロイ。自らをコン・アーティストと呼び、こだわりを持って仕事に励む。根拠も一貫性もないロイの数々の性癖がいちいち可笑しい。突然の娘の登場でパニック状態ながら、フツフツと芽生える父性愛。病的な潔癖症がいつしか収まっているのも娘のおかげのようである。N.ケイジは妙に子煩悩な役が似合う俳優だが、14歳の娘アンジェラを演じるA.ローマンが実に素晴らしい。実年齢は24歳。劇中で21歳と年を偽るセリフがあるが、そのどれも本当に思えるほど。オスカー俳優のケイジを相手に生き生きとした演技で観客を魅了する。10代の女の子という生き物は、可愛くて危なくて、したたかなようでもろいのだ。このコなら詐欺師の心も父性に揺らぐだろう。

ロイ、フランク、そして“見込みのある”アンジェラが加わった詐欺計画が思わぬ所からほころびはじめてからは、コメディ路線から一転、シリアスな展開に。ドンデン返しは「スティング」ばりだ。あっと驚く仕掛けは、実はシニカルで悲劇的なトリックなのだが、悲劇の先に人生の至福の時を主人公に用意し、観客を唸らせる。かくしてこの作品は、コメディ、親子愛映画、コン・ムービーというジャンルを濾過して、極上のエッセンスを抽出するというわけだ。

潔癖症という病気でロイの人となりを小きざみに描きつつ、フランクの陽気さと無神経さを組み合わせることで、物語の重要な暗示とする。巧みすぎる脚本につい感心。大仕事へとゆっくりと動く歯車は、意外な軌道を描きながら転がっていく。ラストのロイの至福の表情は、その歯車の到着点が家族の温かみを育む場所だと語っている。乾いたユーモアの裏には悲劇と喜劇が仲良く同居しているのだ。

「ハンニバル」で映像美を過剰に意識した失敗が効いたのか、今回は出来るだけ凝った映像を抑えているスコット監督。話のうまみを際立たせるための引き算か。やっぱり映画の極意は脚本にあるのだと再認識させてくれた。物語の性質上、内容を書けないのがツラい、映画評泣かせの作品ではあるけれど。

□2003年 アメリカ映画  原題「MATCHSTICK MEN」
□監督:リドリー・スコット
□出演:ニコラス・ケイジ、サム・ロックウェル、アリソン・ローマン、他

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ローマの休日・製作50周年記念デジタル・ニューマスター版

ローマの休日 製作50周年記念 デジタル・ニューマスター版 [DVD]ローマの休日 製作50周年記念 デジタル・ニューマスター版 [DVD]
◆プチレビュー◆
モノクロならでは上品さを改めて実感。この時代の映画にはエンド・ロールがないので、ジ・エンドの文字が出たらいきなり終る。デート・ムービーとして、これをしのぐものがまたとあろうか!

某国王女アンは親善旅行でローマを訪れる。過密日程のスケジュールに嫌気がさし、深夜に宮殿を抜け出して街へ出るが、ついベンチで居眠りをしてしまう。偶然通りかかったアメリカ人の新聞記者ジョーは、彼女が病気で公務を休んでいるとされるアン王女だと知り驚愕。スクープを狙おうと、身分を隠す王女に1日だけの自由を謳歌するように勧めるが…。

オリジナルは1953年。今回のそれは“製作50周年記念デジタル・ニューマスター版”というのが正式名称だ。現代の画像処理技術の進歩には、ただただ驚く。映画界では派手なCGばかりが話題になりがちだ。しかし、気の遠くなるような地味な作業を繰り返して劣化部分を修復し、明るさやコントラストを調整して、古いフィルムを蘇らせてくれる職人技に敬意を表したい。往年の名画を大画面で見る喜びはひとしおだ。

何度も見ているのにやっぱり感動する。名作と呼ばれる映画に共通する特徴だ。物語には少しも古びたところが感じられない。オードリーの新鮮な美しさは50年たっても変わらず、気品あるドレス姿に見とれ、髪を切る場面やアイスクリームを食べるシーンにワクワクし、ヴェスパでのカーチェイスに胸を躍らせる。大根役者と呼ばれるG.ペックの、上品な受けの演技も計算されたものに違いない。あぁ、今は二人とも故人になってしまった…。

物語は1日だけの恋物語。年代によって感じ方は様々だろう。10代ならば「こんな恋がしてみたい!」と無邪気な憧れを抱くだろうし、大人の観客は人生のほろ苦さを感じるはずだ。思い通りにならない自分の立場、逃げ出して全てを忘れて楽しい時間を過ごしても、やっぱり元いた場所へ戻り、自らの道を進まねばならない。アンとジョーはお互いの気持ちを知りながら、恋心はひと言も口に出さずに相手を思いやる。別れの場面の切なさは何度見ても目頭が熱くなるから困ったものだ。

“オードリーの”ローマの休日と記憶される映画には違いないが、改めて見ると巨匠W.ワイラーの才能に敬服する。役者に余計なセリフを与えず、表情の豊かさで気持ちの変化を描写、クローズ・アップやパン・フォーカス技法など隅々まで気配りが効いている。ローマロケの観光案内的楽しさとヘプバーンという新星を配する商業的バランスの良さも見逃せない。バラエティに富む作風のせいか、器用な監督と思われがちだが、素顔は大変な凝り性で、あだ名は「ナインティ・テイク・ワイラー」。納得がいくまで90回も取り直したことがあるそうだ。「ローマの休日」も全ての場面が自然に流れていく解りやすさの裏には、俳優・スタッフの膨大な苦労が隠されている。

たった1日だが輝く恋の時間を持ったアンは、王女という身分を職業として捉えることが出来た。ラストの謁見で見せるオードリーの晴れやかな笑顔と、最後まで残ったペックが大理石の床に響かせる足音は、大人になる通過儀礼なのだ。想いを込めて見つめあう二人。人生はままならぬものと知った年齢の観客にこそ理解できる切ない名ラストシーンである。恋愛映画の名作とされている本作だが、実は含蓄深い人生指南書だったりするのだ。

□2003年 アメリカ映画  原題「Roman Holiday」
□監督:ウィリアム・ワイラー
□出演:オードリー・ヘプバーン、グレゴリー・ペック、エディ・アルバート、他

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シモーヌ

シモーヌ デラックス版 [DVD]シモーヌ デラックス版 [DVD]
◆プチレビュー◆
完璧な美貌のハリウッド女優に、全盛期のI.バーグマンやG.ケリー、E.テイラーを連想する私には、シモーヌ役のレイチェルはちょっと不満だ。アカデミー賞はともかく、シモーヌのコンサートはいくらなんでもやりすぎでは。

落ち目の映画監督タランスキーは主演女優の降板で窮地に立たされる。偶然手に入れたプログラムソフトで、完全無欠の美貌と抜群の演技力を誇る女優シモーヌを創作してその場を切り抜け成功を手にするが、この世に存在しない彼女を巡り、マスコミが加熱。引っ込みがつかなくなったタランスキーは秘密を守ろうと奔走するが…。

アル・パチーノがCGを操る?!「エニイ・ギブン・サンデー」ではCDではなくカセットを愛用し、「NY最期の日々」では携帯電話すら持つのを嫌ったアナログの彼が何ゆえに。どう見てもデジタルが似合わないパチーノを、皮肉たっぷりの業界コメディにキャスティングするところがこの映画のミソだ。

映画制作現場でのCGの導入はもはや当たり前。ヨーダやゴラムという実力者もいることだし、CGキャラの演技にもオスカーを授与したらどうかと常々真剣に思っているくらいだ。いっそのことシモーヌもCG女優であることを世間に公言したら簡単なのに、パチーノ扮する落ち目の監督がそうしないのは理由がある。それはひとえに、自らを尊敬し従ってくれる生身の人物がいることを業界に知らしめるためなのだ。美貌と演技力よりも重要なのは、監督にどこまでも従順な女優であること。自分を敬愛しそのことを世間に公言する人物はCGでは困るというワケだ。

パチーノがコメディと聞くと違和感を感じるがこれが意外と似合っている。口紅をつけてキスマークの偽造に励む姿はかなりウケた。大真面目なだけに笑ってしまう。「ディック・トレイシー」の特殊メイクの演技は例外として、コメディは初挑戦と思うが、これからは遠慮なくバンバンやってほしい。自分で作ったシモーヌに振り回されてヘトヘトになる姿がお気の毒。「マトリックス」や「2001年宇宙の旅」とは違うアプローチで、機械に凌駕される人間の哀れさをコミカルに描いている。

俳優など不要な時代がやってくるかも。そんな気さえ起こさせるこの映画では、誰もが認める演技派のパチーノに「俳優なんか生身でなく作り物で充分だ!」とまで言わせる。また、盗みでお縄になったウィノナが、超わがままのセルフパロディで大ハリキリ。さすがは転んでもタダでは起きないハリウッド女優だ。そんなバカな…の設定も確かにあるが、CG女優シモーヌをホンモノと偽った完全犯罪の行く末もひねりが効いていて楽しめた。

作り物の街や遺伝子操作の人間など、リアルとヴァーチャルの狭間にこだわるA.ニコル監督。本物と偽者との境界線を探る嗜好とみた。スター偏重システムや過剰なCGという映画業界の姿を、ユーモアたっぷりに風刺しながら、虚像に振りまわされる人間そのものの滑稽さも笑い飛ばす。メディアへの警鐘と深刻に捉え、構えて観る必要はないが、まんざら有り得ない話じゃないところがちょっとコワい。

□2002年 アメリカ映画  原題「SIMONE」
□監督:アンドリュー・ニコル
□出演:アル・パチーノ、レイチェル・ロバーツ、他

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永遠のマリア・カラス

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◆プチレビュー◆
オペラの映画で、オープニングにロックをぶつけてくるセンスはなかなか意表を突く。ちなみに、カラス唯一の映画出演は、イタリアのパゾリーニ監督の古典劇「王女メディア」。残念ながら歌わない。

伝説的歌姫のマリア・カラスはパリで隠遁生活を送っていたが、旧知の音楽プロモーターから、新企画を持ち込まれる。その映画の内容は、現在のカラスの演技に全盛期の彼女自身の声をかぶせるという、屈辱的なものだった…。

20世紀最高のソプラノ歌手がマリア・カラスであることに異論をはさむ人は少ないだろう。美貌と実力、また海運王オナシスとのスキャンダルなどが彼女を死後も有名にしているが、晩年のパリでの隠遁生活と53歳の若さで世を去った事情はあまり知られていない。この映画は、カラス本人を良く知るゼフィレッリ監督が“もしこんなことがあったなら”という仮説のもとに編み出した物語だ。

加齢による声の衰え、破綻した恋愛、日本公演のステージでの失敗などが、カラスを世捨て人にさせていたが、屈辱的な新企画を一度は断りながら、いざ仕事に取り組むと、カラスの芸術家魂に火がつく。劇中劇の「カルメン」は素晴らしい出来栄えで、全編を通して見たいと思うほどだ。ファニー・アルダンはカラスがのり移ったかのような熱演で素晴らしい。身にまとうシャネルの華麗な衣装が話題になりがちだが、むしろ、声をパントマイムで演じる際の、顔の緊張や肉体の動きに注目してほしい。アルダンのプロとしての真摯なアプローチがにじみ出ている。

自身の声とはいえ全盛期の歌声の採用は、現在の生の声との決別を意味し、オペラ歌手への残酷な行為だ。ゼフィレッリがカラスをどう追い詰めるか、どう救うかが映画の見所となる。青春ものや古典が得意なゼフィレッリ監督だが、本国イタリアではオペラの演出家として知られている。劇中には、崇高な歌姫の姿だけではなく、ステージへのこだわりで激昂する様子や陽だまりでくつろぐ表情など、意外な描写もあり、親しい友人としての包み込むような視線を感じることが出来る。

最高の演技と最高の声を結び付けたいという願いは、舞台演出家の本音だろう。CG等駆使すれば技術的には可能なはずだ。ただ、選ばれた天才に対して許される錬金術なのかという思いもよぎる。オペラファンにとっては、再びマリア・カラスに会える嬉しい映画であると同時に、彼女の実力を知れば知るほど、辛い思いを抱く物語なのではないか。また、ゼフィレッリの師匠であるL.ヴィスコンティは、カラスの当たり役の「椿姫」を演出し、彼女を世に出した人物。ヴィスコンティならこの映画をどうさばいただろうかと考えずにはいられない。いずれにしても、F.アルダンの渾身の演技と共に、オペラとは縁が深いイタリア映画界らしい興味深い作品に仕上がった。

□2002年 イタリア・フランス・イギリス・ルーマニア・スペイン合作映画 
□原題「CALLAS Forever」
□監督:フランコ・ゼフィレッリ
□出演:ファニー・アルダン、ジェレミー・アイアンズ、ジョーン・プローライト、他

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◆ペンネーム:渡まち子
◆映画ライター、映画評論家
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新聞、雑誌、インターネットで、映画評、映画コラム、DVD紹介などを執筆。他にも、映画コメンテーターとしてラジオ出演、大学での公開講座や企業主催の映画セミナーなど、映画に関する幅広い仕事をこなしながら活動中です。
◆青山学院文学部史学科卒業。西洋史が専攻で、卒業論文はベネチア史。学んだことを生きている間に有効に活かせるのだろうか…と、かなり心配。
◆エトセトラ:
古今東西の映画をこよなく愛す、自他ともに認めるシネフィル(映画狂)です。時に苦言を呈すこともあるその映画批評の基本は、映画へのあふれる愛情と自負しています。どんなダメ映画でも必ずひとつはあるイイところを発見するのが得意技。大のサッカー好きで、欧州リーグからJリーグまでTPOに合わせて楽しんでます。
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