映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評


【本音で語る新作映画レビュー】
シネマッシモでは、映画レビューはネタバレなしのヒントあり。映画を見る前と見た後と、2度読んで楽しめます。
映画評サイトもこのブログで4代目になりました。すべての映画好きを歓迎します!
(点数は100点が、★は5つが満点)
シネマッシモとは、シネマ(映画)とマッシモ(イタリア語でmax,最大)とを組み合わせた造語。
どうぞゆっくり楽しんでください \(^▽^)/

◎ 今週末の公開映画から オススメの1本! ◎
アメリカ映画「シェイプ・オブ・ウォーター」

ウインドトーカーズ

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◆プチレビュー◆
苦悩する男が十八番のニコラス・ケイジ。脚本が悪いとこういう結果になる。

1944年、激戦のサイパン島に上陸したアメリカ軍は激しい戦闘を繰り広げる。暗号をことごとく日本軍に解読された米軍は、ナバホ族の言語を通信の暗号として採用。心に傷を持つ海兵隊兵士ジョー・エンダースは通信兵ヤージーを護衛する任務につく。ジョーはヤージーを守る任務と同時に、ナボホ族の兵士を生きて日本軍へ渡さないという非情な極秘任務をも課せられていた…。

いわゆる戦争秘話で、ナバホ族というあまり知られていない部族の暗号、心に傷を負った主人公、任務と友情の間での苦悩…と素材はおもしろいはずなのに、残念ながら脚本で失敗している。メリハリが全くないのだ。トラウマを背負った男をやらせるとピカイチのN.ケイジは実に上手いのだが。

ジョン・ウー作品のお約束である二丁拳銃も白い鳩も出てこないかわりに、これまた定番の爆発シーンが前半から炸裂。しかし、いくらなんでも多すぎる。サイパンが激戦の地だったことは判るが、こんなに似たような映像がてんこもりじゃ、どれが一番の山場だったのか判らない。ウー監督はアクション映画の詩人と呼ばれるだけあって、爆破シーンはかなり独創的で、リアリティよりも、スローを多用し、炎の色や方向を工夫して美しく仕上げるのが特徴。そんな芸術品の大爆発は、やっぱりここ一番というところで見せてもらわなくては。人物の描写でしっかりしてるのは、苦悩する男を演じきるN.ケイジくらい。他の人物はその背景すら見えてこない。

しかし、いいところが全然ないわけではない。最近のアメリカ至上主義的な戦争映画ブームの一連の作品とは一線を画す部分がある。それは、人種問題に重きをおいているところ。ナバホ族は通信兵として戦場に借り出されるが、軍隊の中でかなり露骨な差別を受ける。黒人の差別はよくあるけれど、先住民族を暗号として利用したのも秘話ならば、彼らに対する差別を正面から描写したのも珍しい。もっとも、ナバホそのものの事を深く描いてほしかったし、日本人に成りすます場面などは都合がよすぎて苦笑したけれど。

ジョーは、人ではなく暗号を守る事が任務で、もしヤージーが敵の捕虜となったときは、彼の命を奪わねばならない。それ故に、最初はヤージーと親しくなるのを拒む。しかし、常に行動を共にし、ヤージーによって癒される自分に気付いたり、ある事件により、狂気にかられるヤージーの姿に自分自身を見たとき、ジョーの中で何かが変わる。民族の違いや任務による人間性の喪失に視点がおかれているのは注目すべき点だ。最近よくある、戦争は恐ろしいものだが、戦友はすばらしい、みたいな安易なメッセージではなく、人間同士として友情が芽生えていく大切さを感じさせられた。

第二次世界大戦当時、ナバホ族が暗号通信兵として活躍していたという興味深い事実を、よりドラマチックに脚色した異色の戦争映画である本作。脚本次第ではおもしろい映画になったかもしれないのに、残念だ。

ウインドトーカーズとは、暗号通信兵(コードトーカー)と、風を神聖なものと考えるナバホの文化に由来した題名である。

□2002年 アメリカ映画 原題「WINDTALKERS」
□監督:ジョン・ウー
□出演:ニコラス・ケイジ、アダム・ビーチ、クリスチャン・スレイター、他

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アイス・エイジ

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◆プチレビュー◆
キャラの顔があきれるほどかわいくない。スピード感と動きの良さで勝負。

氷河期到来寸前の地球。全ての動物が南へ向かう中、孤独を愛するマンモスのマニーは、一人北へ向かっている。仲間からも見捨てられた小心者のナマケモノのシドは、マンモスと一緒にいれば襲われることはないと無理やりマニーと行動を共にしていたが、ひょんなことから、瀕死の人間の母親から赤ん坊を預かってしまい、人間の元へ返すハメになる。しかし、人間に恨みを持つサーベルタイガーのディエゴが強引に仲間に加わり、事態は複雑に。生き方も考え方も目的も違う3匹の一触即発の旅が始まった…。

フルCGのアニメはいまや映画のりっぱなジャンル。技術も脚本もしっかりしてないと、観客は容赦しない。文部科学省選定で子供向の但し書きがあるこの作品も、1時間22分というコンパクトな時間の中にぎゅっと密度の濃い内容が詰まっている。子供だけに見せるのはもったいない、なかなか良くできたお話だ。ストーリーは典型的なバディ・ムービー、いわゆる相棒モノ。

一匹狼(?)のマンモスのマニーが、無理に道連れになった仲間と一緒に人間の赤ん坊を父親の元に届けるのが大筋。氷河期の地球を舞台に、豊かだが厳しい自然の中で、楽しく危険な冒険の旅が繰り広げられる。いっぱい笑って、最後にホロリもお約束どおり。なぜマニーが孤独を好んでいるのかも、劇中で効果的に明かされる。楽しい中にも、人間と動物の関係、異なる動物同士の関わり、狩るものと狩られるもの、過去の心の傷…などもさらりと描き込んであって、見終わってふと考えさせられる。

フルCGはなかなかの出来栄えで、顔つきがかわいくないキャラクターも物語が進むにつれて、かわいく見えてくるから不思議だ。細かい部分の質感より、大きな動きの躍動感が優れていて、アイデアもいい。氷のジェットコースターを3匹がすべりまくる場面はサイコーに楽しめるし、スノーボードの技も音楽にのって素直に笑える。

今では絶滅した動物たちをキャラにすえることで、さりげなく生態系の問題も投げかける。人間も動物も懸命に生きようとする。でないと氷河期(アイス・エイジ)は越えられない。たとえ種が違っても、支え合わねば乗り切れない非常事態は、現代にも通じるはずだ。運命共同体の旅が彼らを少しずつ変えていく。復讐や憎しみの感情が断ち切られるラストは、大人もきっと目頭が熱くなるはず。孤独だったものたちが仲間となることで、その繋がりは家族になるのだ。

アニメ技術の進歩はめざましいものがある。しかし、観客にとってCGの技術は二の次。やっぱり、勝負はお話のおもしろさだ。最後のオチもしゃれている本作は、直球のおもしろさがあって、万人向け。家族みんなで楽しめる。氷河期時代を舞台に、動物たちの冒険の旅を描いた3D・CGアニメ。“クール”な映像と“あったかい”物語を素直な気持ちで楽しもう。

□2002年 アメリカ映画 原題「Ice Age」
□監督:クリス・ウェッジ

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イン・ザ・ベッドルーム

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◆プチレビュー◆
クライマックスまでずっと緊張しっぱなし。米インディーズ映画の底力を感じた。

ニューイングランドの港町。開業医の夫マットと合唱団の指揮をする妻のルースは、大学から夏休みで帰省中の一人息子のフランクが年上の女性ナタリーと交際中なのが気になっている。そんなある日、別居していたナタリーの暴力的な夫リチャードが現われ言い争いに。響く銃声とともに悲劇が起こったのはその直後だった…。

これほど息苦しい映画を観たのは久しぶりだ。地味で静かなこの物語は、全編に異様な緊張感が漂っていて、一瞬も気を抜けない。実力派俳優の競い合う演技と先が読めない展開に、一種の金縛り状態になる。登場人物たちの痛みを感じ続けると、ラストに癒しが待っているのかと思いきや、後半はなんともスリリングなサスペンスなのだ。

マットとルースのファウラー夫妻はいわゆる“普通の夫婦”。経済的に恵まれ、知性と教養ある理性的なカップルで、毎日、穏やかに過ごしている。物語の前半は、フランクとナタリーの恋とともに、この夫婦の平凡な日常が描かれる。しかし、よく見るとこの二人の間のほころびの部分を暗示するような伏線があちこちに張ってある。見て見ぬふりと男女の感覚の違いもあり、微妙にすれ違う日常生活。

そんなある日、フランクがナタリーの暴力夫に撃ち殺される事件が発生。誰よりも愛していた息子を失い、幸せな夫婦は一転、不幸のどん底にたたき落とされる。それでも、このベテラン夫婦は特別取り乱すことはなく、今まで通りの生活を送ろうと務めるが、二人の憤りと絶望感が静かに蓄積されていく様が痛々しい。セリフの少ないブツ切り風の映像を次々に見せて、夫婦の喪失感と悲しみの深さを表現していて、実に上手い演出だ。表面上は穏やかにしている二人の怒りが、いったいどこで爆発するのかと、ジリジリと緊張感が高まるのもこの部分。

悲しみを押し殺しながら、犯人に刑罰が下されるのを信じていた夫婦だが、息子を殺した男の判決は、アメリカの刑法の現実で、それほど重くない刑な上に保釈。夫婦はこれに耐えられない。おまけに小さな町だから、偶然に顔を会わせたりするたまらなさ。ルースの心の痛みが頂点に達したのはこんなときだった。ここで夫婦は息子の死以来、初めて自分たちの本心をさらけ出す。これが凄い。

今まで触れずにいた傷口から一気に血が噴出すかのごとく、お互いの本音を叫び合うマットとルース。互いを傷つけあい、葛藤し、怒りと悲しみをぶつけるこの夫婦喧嘩のシーンの迫力は、その後のサスペンスに加速度をつける引き金になる部分で、出色だ。過去の事まで引き合いに出し、罵り合った後で、ふと我にかえって許しを請う二人。絆を取り戻した彼らは、互いに同じ痛みを持つ魂を認め合い、自分たちが何をすべきか、どうしたいのかを無言で悟る。そして、罵声と沈黙の果てに夫が選んだ究極の選択は、決して安堵でも解放でもない、その後の人生で新たな重荷を背負うもの。静かな人間ドラマから唐突な暴力シーンへの移行が妙にリアルだ。

アメリカンインディーズの映画の実力を見せつけられた気がした本作。劇中でルースが牧師に言うセリフ「静かなのに、とてもうるさいの…。」文字通り、抑制の効いた演技と無言のシーンから、登場人物の心のざわめきが聞こえてくる。今どき珍しいくらい、正攻法の深い演出で、ヒリヒリする痛みが観客に伝わってくる。

この映画の問いかけるものは、許しなのか報いなのか。答えは観客に委ねらる。愛や正義という“単純”な言葉では表現できない、ひと組の夫婦のやるせない心情と、暴力の本質が見える物語。善悪の判断とは異なる感情が余韻として残る。本当に大切に思っている人を失った時、私たちははたして平静でいられるだろうか。この映画は、重すぎる問題を正面から提起している。

□2001年 アメリカ映画 原題「In the Bedroom」
□監督:トッド・フィールド
□出演:シシー・スペイセク、トム・ウィルキンソン、マリサ・トメイ、他

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トータル・フィアーズ

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◆プチレビュー◆
ベテランと新米のコンビでスリリングに展開する物語。だが、核の場面の描写がいいかげんすぎる。

CIAの情報分析官ジャック・ライアンはまだ新米のアナリスト。ロシア情報に明るいところを買われ、長官キャボットの下で働くことに。そんな中、アメリカのスーパーボールの会場で、なんと核爆発が起こる。おりからのチェチェン問題で不信感を持っていたロシアの仕業と思い込んだ米国は、全面戦争へと突き進む…。

人気作家トム・クランシー原作で、CIA分析官ジャック・ライアンを主人公にしたシリーズは、今まで、「レッド・オクトーバーを追え!」でアレック・ボールドウィン、「パトリオット・ゲーム」「今そこにある危機」ではハリソン・フォードが主役を演じ、大ヒットを飛ばしてきた。今回はその第4作目にあたり、ベン・アフレックを3代目ライアンに抜擢して、若返りを図っている。ライアンもCIAの新米という設定。

このシリーズは国際政治が舞台で、話は複雑ながらいつも秀逸、切れ者CIAのライアンの魅力で世界中にファンを持っている。そんな主人公を演じるのがベン・アフレック。予想通り、なんとも軽いライアンに会うことになったが、この軽さがストーリーに実に上手く生かされている。モーガン・フリーマンの重厚な演技と対比させてメリハリも効いていた。

上司に意見が通らないほど若くて青臭いだけに、行動的でエネルギッシュな新ライアンには、ラブシーンも用意されていて、シリーズを新鮮なものにしている。アメリカ、ロシア、イスラエスと世界狭しと話が展開するうちに、国際政治の内情が明白になり、その陰に世界制覇を夢見るネオ・ナチ集団の姿が見えてくる。劇中のオーストリア財閥は、実在する超右翼政治団体を想像させて背筋が寒くなった。米ロの緊張関係を操る核爆弾テロリストという設定も説得力があって、これまた怖い。

現在考えられる最悪のシナリオ、核戦争。米ロ全面戦争という十分に起こり得る設定で、リアリティを感じさせるが、まかり間違えば、相手だけでなく自国の息の根を止めてしまう核爆弾の発射スイッチボタンに、なぜ両国が指をかけるのか。それは、やられたらやりかえす、攻撃と防御という力学に基づく選択に他ならない。互いに牽制し合いながら、警戒レベルを上げていく米・ロシアの首脳陣。国家と国民を守るため、両国首脳が苦悩した挙句、ギリギリまで追い詰められる。未曾有の惨劇と偽情報による疑心暗鬼が、間違った道を選ばせる恐ろしさ。恐怖の総和はそこから生まれてくる。

そんなリアルなこの映画の中にあって、唯一不満なのは、核爆発と放射能の描写。今までの映画では爆発寸前で回避されてきた核弾頭が、今回はなんと、20万人の観客が集まるスーパーボールのスタジアムで大爆発してしまう。このムチャな企画がこの映画の斬新さで、爆風を描くCGには目をみはるものがある。しかし、核に対する意識があまりに鈍感だし、爆発後の描写が何とも粗雑で甘い。核爆発の凄惨さと放射能汚染の惨状は、あんな生やさしいモンじゃないだろう!唯一の被爆国ニッポンの国民としては納得できない。

核戦争勃発の危機を描くポリティカル・サスペンスの本作は、正確な情報の重要性と、冷戦後もやっぱり生きている「核抑止力」の大きさを改めて感じさせてくれる。大国の暴走は人類を破滅へと導くことになる。根強いネオ・ナチ神話も健在。世界平和と自国の安全を、核によって樹立するというイデオロギーが生きている限り、一触即発の事態は決してシュミレーションではない。スリリングな国際政治。しかし情報の分析を誤れば、そこには地獄が待っている。

□2002年 アメリカ映画 原題「The Sum of All Fears」
□監督:フィル・アルデン・ロビンソン
□出演:ベン・アフレック、モーガン・フリーマン、ジェームズ・クロムウェル、他

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ダスト

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◆プチレビュー◆
静謐な物語が寓話のように展開する。マケドニアの名匠マンチェフスキーの名をもっと知ってもらいたい。

現代のニューヨーク。黒人青年エッジが空き巣狙いでアパートへ押し入る。ところが、住人である老婆に逆に銃で脅され、彼女の奇妙な昔話を聞く羽目に。それは、20世紀初頭に生きたひと組の兄弟の物語だった。始めは老婆の隠す金貨欲しさに話を聞くエッジだったが、次第に一人の女を愛した兄弟の物語に魅せられていく。しかし、彼女は話の途中で心臓発作を起こしてしまう。慌てて病院に運ぶエッジ。老婆は助かるのか?そして彼女の語る物語の結末は…?

M.マンチェフスキー監督の7年ぶりの長編は、ストーリーが時空を越えて自在に行き来する。「ダスト」のテーマは、“物語る”こと。現代のNYで黒人青年エッジが無理に聞かされるのは、20世紀初頭のアメリカ西部から動乱の欧州マケドニアへ渡った兄弟の物語。現代劇のコソ泥と老婆、西部劇のガンマン兄弟の話が変幻自在に同時進行。子供の頃お話を聞かせてもらって、次にどうなるの?とドキドキしながら聞き入るようなそんな趣のあるこの作品。そこで展開するのは基本的にウェスタン・ムービー。ウェスタン・イン・マケドニアだ。

タイトルの“ダスト”とは塵の意味で、人間の遺灰のことを指す。聖書の中にも多く登場する言葉で、“土は土に、灰は灰に、塵は塵に”とある。劇中では、人間そのもののことを指すようなニュアンスで使われ、描かれる。全体に宗教観が色濃く漂っていて、激しく対立する兄弟はまるでカインとアベルのよう。弟イライジャのセリフはほとんどが聖書からの引用だ。但し、この物語の中心は、あくまで兄ルーク。映画全編を通し登場し、最後には償いと和解へと向かう。善悪を併せ持つルークの複雑なキャラクターが、映画を奥深いものにしている。

老婆の語る物語が進むにつれて、謎が少しずつ解けていく。縦横に時間と場所を往復するユニークな構成で、現代と過去、NYとマケドニアの間の100年の隔たりを、マンチェフスキー監督は軽々と飛び越える。現代のNYでの語り部の物語と、西部とマケドニアでの兄弟のドラマが錯綜するが、映像の色と音楽の効果的な使い方で、観客を混乱なくナビゲートする演出。そして予想外のクライマックスへと私たちは導かれる。

劇中の残酷描写は、独特の美学に彩られ、詩的な映像と殺戮シーンが同時に存在する、サム・ペキンパーばりの緊張感溢れる映像。円柱型のトルコ帽をかぶった羊、飛び散る血とつぶされたスイカの赤の色、青空を横切る飛行機、銃を構えるシルエットと、計算されたカメラワークも素晴らしい。さらにマケドニアの民族衣装が独特の雰囲気を醸し出し、時空の隔たりを際立たせる一方で、100年前の残虐行為と現代の暴力を対比させる巧みな演出も見せる。

汝は塵なれば塵にかへるべきなり。神が塵から作った人間は死ねば塵に戻っていく。人間の存在を「しょせん塵にすぎない」と考えるのはニヒリズムに通ずるが、このバルカン風ウェスタンが現代とどう結びつくかをラストに見た時、人は塵になっても物語は残るのだと判った。そこには確かに希望が存在する。物語が語り継がれる限り、その人間の魂は永遠に消えない。語り部の命をも織り交ぜながら継承されて、生命の軌跡を描いていく。民族紛争の歴史を生きるマケドニア人の血をひくマンチェフスキー監督の世界観が、ラストに結実・昇華され、文字通り空を飛び空間を越えていく。独特で奥が深い叙事詩「ダスト」。それは生と死を語り継ぐ物語だ。

□2001年 イギリス・ドイツ・イタリア・マケドニア合作映画 原題「Dust」
□監督:ミルチョ・マンチェフスキー
□出演:ジョセフ・ファインズ、デビッド・ウェンハム、エイドリアン・レスター、他

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海辺の家

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◆プチレビュー◆
みんなで建てる家は絆の象徴。日本の住宅事情とは違う次元で話が展開する。

ジョージ・モンロー42歳。ある日突然、長年務めた建築事務所を解雇されてしまう。さらにガンで余命数ヶ月と宣告されてしまった彼は、残された時間でずっと手付かずにほおっておいた海辺の家を建て直そうと決意する。別れた妻にひきとられた息子サムはドラッグに溺れた無意味な生活を送っているが、そんなサムをジョージは、夏休みの間強引に引き取って、一緒に家を建てようと誘う。激しく抵抗し、憎しみをあらわにするサムだったが…。

アメリカ映画は、伝統的に母娘ものより父と息子のドラマの方が上手い。息子サムと暮らして家を建て直すのを人生最後の目標に定めたジョージ。父親失格だった自分を変えるのにはあまりにも時間が少ないが、とにかく頑張る。最初はジョージ一人だけの作業だったのが、次第に周りの人間を巻き込んでいく過程で、それぞれが抱える心の悩みを浮き彫りにさせる展開が巧み。心にぽっかりと空いた穴を「家を建てる」作業に加わることによって、どう埋めていくかが見所だ。登場人物が皆、自然体で好感が持てるキャラなのも、物語を前向きなものにしている。しかし、人が増えていく賑やかさと対照的にジョージの病状は徐々に悪化する。

予告編や宣伝文句では「家を建てよう!」という新築部分が強調されているが、その前に、オンボロの古い家を壊す作業がある。これが実はとても重要なところだ。ジョージが残り僅かな人生に向き合うためには、今までの自分を一度リセットする必要がある。そのために思い出のつまった家を壊さなければならない。破壊行為に意義があるのであって、単に家を新築するのとは明らかに違うのだ。古いものを壊すという勇気ある決断を下したジョージは、心を一度“更地”にすることで自分自身を変えようと決心していた。

ドラッグ、離婚、同性愛など、今のアメリカが日常的に抱えている問題をさりげなく盛り込んであったり、親子関係が変化していく過程でジョージとその父の関係が、ジョージの口から語られる部分があり、登場人物の背景にただのお涙ちょうだい話にはない深みが加わっている。

この映画で登場する海辺にたつ家は、なんともうらやましい環境で、ため息ものだ。日本人にとって、国土の広さや経済事情からいって、家はあくまで“買う”もの。長い歴史と伝統のあるヨーロッパでは、たぶん、家はそこに“ある”もの。一方、アメリカは西部開拓時代からの伝統からか、家は「作る」ものなのだ。この映画のように全てを手作りできなくても、僅かでも自分の手で作業して完成させてこそ意義がある。歴史が浅いアメリカならではの感覚かもしれない。自らの手で作る家は、どんなに小さくてもそれは家族と幸福の象徴になる。

孤独感の塊のようだったオンボロ小屋が、人の息吹と温かさに満ちた住まいへと生まれ変わっていくのは、周囲の人間みんなで家を支えあっているから。サムの手で家が遂に完成したとき、ジョージの命は静かに消える。夏休みの前とは明らかに違う人間に生まれ変わったサムが、出来上がった家をどうするのかを観てほしい。そこには父親の思いを確かに受け継いだ思いやりに溢れたサムの姿がある。人生の最後に生きた証しを印し、次の世代に引き継ぐものを残したジョージの人生は、十分に意味のあるもので、創造へと続くことを、映画は告げている。

□2001年 アメリカ映画 原題「LIFE AS A HOUSE」
□監督:アーウィン・ウィンクラー
□出演:ケビン・クライン、クリスティン・スコット・トーマス、ヘイデン・クリステンセン、他

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スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃

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◆プチレビュー◆
期待はずれの平凡なラブ・ストーリー。悲恋の本質はエピソード3へもちこしか。

物語はエピソード(EP)1から10年後。共和国の元老院議員のアミダラが何者かによって命を狙われる事件が発生。ジェダイの騎士を目指して修行中の青年アナキンは、彼女の護衛を命じられる。後のダース・ベイダー、アナキンは、美しいアミダラ姫と再会してジェダイには禁じられている恋に落ちる。一方、アナキンの師であるオビ・ワンは、アミダラの暗殺未遂事件を捜査するうち、何者かによる巨大な陰謀の存在を知ることに…。

かれこれ四半世紀近く続いているシリーズ。しかも、全6作からなる物語の後半3作が先に登場して、約20年後にそれ以前を描く3作を作るという超異色の構成。登場人物の悪役にあたるキャラを再構築するのが新3部作というから、これまた変わっている。再構築されるキャラは、アナキン・スカイウォーカー。後に彼がダース・ベイダーになることを、私たちは十分に知っている。

全6作のうち、後半のEP4から6とEP1が既に出来上がっていて、全てが明らかになるEP3への布石となる部分がEP2。位置付けとしてかなり難しい。正直言って、辻褄合わせだ。大まかな骨格は、銀河系の共和国の政治ドラマの陰謀と、シリーズ初と騒がれるラブ・ストーリー。大いなる予定調和だ。

デジタル撮影による技術は、作り手にとっては画期的でも、視覚的には表情以外はそれほどでもない。量は凄いが質は並。では、EP2の見所と噂のラブ・ストーリーはどうなのか?美男美女だから何とか耐えられるものの、何とも古風にして稚拙なので苦笑してしまう。話の展開上、愛し合う定めとはいえ、落ち着いて考えたら、ジェダイの修行で長年の禁欲生活を強いられたアナキンと、女王の重責から解放されてタガがはずれたアミダラが、いっきに色気づいただけとも思える。壮大なサーガの運命の恋のわりには、導入にドラマチックさが足りないのだ。それに、アナキンのマザコンぶりに、アミダラは不安はないのか?

話自体は、基本的に冒険活劇ものなので、バトルシーンも満載、たとえ字幕がなかったとしても十分に楽しめる内容になっている。但し、旧作を既に観た人ならば。いろいろと不満をくすぶらせながら観ていると、突如、この映画最大にして、唯一と言ってもいい見せ場がやってくる。待つこと2時間、画面に現われたのは今までのイメージをかなぐり捨てた偉大なジェダイ、マスター・ヨーダその人だぁ〜〜〜!いったいなぜ、このよぼよぼのちびっこ爺さんが、これほどまでに皆の尊敬を集めているのかが解るこの場面は、EP2最大の見所、いえ、笑い所なので大いに期待。誰もが認めるナンバー・ワンのジェダイであるヨーダは今回フルCGで作られていて、従来の人形では不可能なバリバリのアクションを披露。しかも非常識なまでに強いのだ!ヨーダと、ある人物の意外な関係が明らかになり、白熱のバトルの幕が開く。鋭い眼光、空挺部隊を自ら率いて指揮をとる気高い姿、専用の短いライト・セーバーを手にところ狭しと暴れまくるその姿に、「やっぱりただの老賢者じゃなかったのね!」と、狂喜乱舞。フォースの技巧と男気がミックスしたヨーダの勇姿に、ファン急増必至だ。

禁じられた愛の感情と、師オビ・ワンへの反発を匂わせながら、EP3で決定的になる銀河帝国誕生とアナキンの暗黒面転落への序章。ルーカスの心は既にEP3へと飛んでいる。まぶたの裏に“中継ぎ”という言葉が浮かぶのは私だけだろうか。

□2002年 アメリカ映画 原題「STAR WARS EPISODE2 ATTACK OF THE CLONES」
□監督:ジョージ・ルーカス
□出演:ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン、ヘイデン・クリステンセン、他

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ノー・マンズ・ランド

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◆プチレビュー◆
反戦映画として視点がすばらしい。白旗を振っても味方の軍にさえバカにされる、シャレにならない状況をどう打開する?!

1993年、対立するボスニアとセルビアの中間点の塹壕に、両軍の兵士が取り残される。敵対する兵士チキとニノ、そして負傷して身動きがとれないツェラの背の下には地雷が仕掛けられていた。武器を奪い合う緊迫した状況下で、時折心が通い合う瞬間も生まれるが…。塹壕を一歩出れば両軍からの攻撃が待っている。無力な国連軍、スクープを狙うマスコミ。何のために戦うのかという答えさえも知らない彼らを、一体誰がどうやって救うのか?!

戦争映画といっても、勇壮な戦闘シーンもなければ、銃弾の雨や瓦礫の山も出てこない。もちろん登場人物に国の命運をにぎるミッションなどあるはずもない。晴れた日には、のどかに鳥が鳴き青空が広がる緑の野原。そこに、セルビアとボスニアの両軍がにらみあう場所ノー・マンズ・ランド(中立地帯)がある。物語の大半はこの中立地帯の塹壕の中で進行し、シニカルな笑いと不条理さを呼び起こす。

ついこの間まで同じ国民として暮らしていたもの同士がいつのまにか憎みあう状況は、気が付けば隣合わせの人間と殺し合っていたという恐ろしくも耐え難い狂気に等しい。両国の兵士たちはプロの軍人などでは無論ないし、もし戦場ではなく街中で出会っていれば友達になったかもしれないのだ。

敵同士で運命共同体となってしまった彼らに出口は全く見えず、救助を待つ間にも事態は刻々と変わり混迷を極めていく。塹壕の中のユーモラスなやりとりで笑わせると同時に、彼らをとりまく状況も皮肉をこめて痛烈に描いていく。両軍の中間地点で起きた珍事件に慌てふためき、仲裁もできず役に立たない国連軍。事なかれ主義の官僚組織に、仏人兵士が憤りを覚えるものの、彼も結局、上官の命令に背いてまでの行動は起こせない。特に日本では国連は絶対的な価値観とも言えるので、この描写はかなりショッキングだ。国連軍への失望感だけでなく、スクープを狙って右往左往するマスコミも笑い飛ばし、戦争に関わるすべてを批判する。

“ご近所戦争”とも揶揄される旧ユーゴの泥沼の内紛。戦争という重いテーマを日常的に描くことで、ごく普通の人間が昨日までの友人を憎み殺し合う狂気を、存分に表現しており、この若い監督の力量を感じ、また強い思い入れが伝わってきた。ユーモアによってさらに緊迫感を高める演出も素晴らしい。

あらゆる戦争に対して異議を唱えるこの映画の脚本は、時間と場所と登場人物が限定されていることで舞台劇化も可能と思われるほど優れていて、完成度の高いもの。無駄な登場人物やお涙頂戴のサイドストーリーが、一切ないところがいい。のっぴきならない状況をどう収めてくれるのか?思いがけない方向に展開してしまった途端に響く銃声。見る者にとって、あまりにもやるせない結末の密度は、限りなく濃い。

泣ける映画ではないし、勧善懲悪を感じるわけでもない。「傍観することは加勢することと同じ」という劇中の印象的なセリフは、誰が悪いのかという責任追及や、誰が始めた戦争なのかという分析にかこつけて、結局は何もしない罪を世界中に問うもの。

地雷の上に寝転んで、そこからみえる青空はいったいどう見えるのだろうか。外交よりも暴力が優先されたときに戦争は起こる。周囲の思惑が食い違う時には、多少の犠牲を生んで当然というご都合主義をも生む。この映画では、誰一人勝者はいない。ラストに残る深すぎる余韻は、このところ観た戦争映画では突出した出来栄えで、観客は真実とともに取り残されてしまうことだろう。

□2001年 フランス・イタリア・ベルギー・イギリス・スロベニア合作映画
□監督:ダニス・タノヴィッチ
□出演:ブランコ・ジュリッチ、レネ・ビトラヤツ、フィリプ・ショヴァゴヴィッチ、他

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アイ・アム・サム

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◆プチレビュー◆
あまり似てない父娘だが、一緒にいるだけで幸せそう。実際はこんなに甘くない事は十分に承知だが、それでも二人を応援したくなる。

7歳の知能しか持たない知的障害者サムは、コーヒーショップで働きながら一人娘のルーシーを懸命に育てている。しかし、福祉局から親としての養育能力がないと判断され、ルーシーは施設で保護されることに。一緒に暮らしたい。ただそれだけを願うサムは、愛する娘を取り戻すため、裁判で闘うことを決意する…。

この映画は評価が分かれるだろう。批判的な意見が多いだろうことも簡単に想像がつく。知的障害、親子愛、無理やりひきさかれる展開に裁判と泣かせどころが満載なのも、見る人によってはあざといと感じるに違いない。父娘を演じる役者が上手すぎることも逆効果。物語を現実にあてはめると“こんなに上手くいくわけがない!”。

このテの映画の評価を分ける一番大きな要因は、観る人の映画に対するスタンスで、映画に現実を投影するか、夢を映し出すかの違い。同じ作品を観るのにも、そのときの自分の年齢や置かれた状況、社会情勢などによって全く感じ方が違ったりするし、当日の気持ちのコンディションにもよるところが大きい。

サムをとりまく人々はいい人ばかりだが、実は結構欠点もあり悩みを抱える普通の人。泣けることばかりが評判のこの作品の隠れたウリである笑いに気付かせてくれる。ミシェル・ファイファーのキレっぷりやサムの仲間の障害者グループのやりとりなど、遠慮せずに笑ってみよう。映画ネタも満載で、マニアックなファンサービスもある。ビートルズナンバーは全編に渡って重要な役割だ。

いつも一緒にいたいと純粋に願う親子と、仕事は出来るけど家庭内には問題がある女性弁護士、気のいい仲間に、これまた優しい里親。福祉局の言うことも筋が通っている。知的障害の親と人並み以上にしっかりした子供という設定で、なんとか成り立っているものの、この話は周囲の人の好意によって成立していることには変わりはない。いい人ばかりの登場人物に、実際の障害者の人生はこんなに甘くはないという声もあるはずだ。確かに知的障害を持つ親が親権を争うことが物語の軸になっていて、重すぎる設定であるだけに、そっちに目を奪われがち。でも、この映画の隠れたテーマはもっとシンプル。完全な親はいないし完全な子供もいないということ。こう考えると物語を観る目も変わってくるはずだ。

残念なのは、福祉局が一方的に悪者に描かれていること。できるだけ障害者も一般社会と関わりをという考え方があるからこそ、サムが周囲の人々の助けを借りながら生きていく“甘い結末”にも、好感が持てる。であれば、福祉局の役割も良い方向に向けることができたはず。自分の知能が父親を追い越してしまうのを恐れた娘が勉強を拒むのをみかねた福祉局が手をさしのべるのは、一般的には善行と映るし、そのほうが娘のためには幸せかも…と思った観客も多いはずだ。このあたりの脚本にもうひと工夫ほしかった。父娘を引き裂き対立するだけでなく、歩み寄る設定が展開できなかったのか。

サムとルーシーの父娘は、最後には社会の思いやりと周りの人の助けを素直に借りることで、観客が“こうであってほしい”と願う形そのままに生きていく。サムの真摯な愛情に、リタを初めとする周囲が自分の親子関係を見つめなおすのも、定番ながら好感がもてる展開。世の中の厳しさを十分すぎるほど知っている私たちは、この甘い結末と絵に描いたようなヒューマニズムの実在が難しいことをちゃんと知っている。超楽観的なハッピーエンドは、裏を返せば“こうはならない現代社会”への告発なのだ。だからこそ、このラストに満足して涙するのかもしれない。

□2001年 アメリカ映画 原題「I Am Sam」
□監督:ジェシー・ネルソン
□出演:ショーン・ペン、ミシェル・ファイファー、ダコタ・ファニング、他

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◆プチレビュー◆
ベトナム戦争を美化するなどもってのほか。こういう作品は許せない!

1965年、米軍のハル・ムーア中佐率いる部隊は戦地イア・ドラン渓谷で北ベトナム軍に包囲される。それは泥沼化するベトナム戦争の始まりを告げる激戦だった。UPIの戦場カメラマン、ジョー・ギャロウェイは米軍に同行し、地獄のような戦いをカメラに収めるが、そこで敵軍のベトナム兵の思いをも知ることに。戦場で戦う男たちがいる一方で、残された家族も試練と戦っていた…。

21世紀最初の悲劇である9.11テロ事件。この大事件以来、アメリカ映画は確実に様変わりした。強いアメリカ、正義の国家が“悪”をやっつけるという構図が求められ、数多くの戦争映画が製作されたが、テロ以後の風潮のどさくさに紛れて、よりにもよってベトナム戦争を美化するとは…。

この映画の背景となる時代は1965年。つまりベトナム戦争が始まってまもない頃だというところがミソ。まだ、兵士も軍も国家も戦う意義を熱く感じていた時代なので、登場人物に、後のベトナム戦争ものに見られるような反戦気質や迷いはない。実際に400名の新兵を率いて戦ったハル・ムーア中佐と戦場カメラマンのジョー・ギャロウェイの共著によるノンフィクションはベストセラーとなり、兵士たちの人間性と家族愛を全面に打ち出した物語は、原作同様、映画館でも涙をさそうかもしれない。

兵士たちは頑張りました。敵もたいしたもんでした。留守を守る家族もりっぱでした。みんなみんなエラかった。この八方美人的展開はいったいナンだ?!完全に視点がぼやけてしまっては、せっかくリアルに描いた激しい戦闘シーンも活きてこない。

さらに、過酷な戦闘とは裏腹に、戦争と人間の狂気がまったく描かれていないのはなぜ?仕方がないので、兵士の家族の不安や、愛する人を失った悲しみに力点を置き、更には敵兵の家族までも範疇に入れて描く。「戦争と家族」を平行して描くやり方は、従来の戦争映画と一線を画すもので、その意欲は評価しよう。でもラストのセリフは、「国のために戦ったんじゃない。戦友たちのために戦ったのだ。」とくる。ならば、家族愛ではなく、兵士の友情を描くべきだろう。

メル・ギブソンの背後に見える“家族と国家と正義のために”というメッセージは、建国当時の時代ならとにかく、泥沼のベトナム戦争が背景だと、どうにもあざとい。敵も味方も家族を思う気持ちは同じと簡単に言うが、ベトナム戦争の最大の誤算はアジア人の価値観を理解できなかったことにある。ほとんど一方的にやってきて、結果的に大量虐殺と大規模生態系破壊を行って去っていったアメリカ人から「両国が共有した痛み」と言われても、ベトナム人が納得できるだろうか?

そんな矛盾だらけの物語の中でも印象的なエピソードと言えるのが、中佐の妻ジュリーが戦死した兵士の訃報を家族のもとに届ける場面。毎日、数が増える電報に、自分の夫のものがあるのではと怯えつつ、部下の命を預かって戦う中佐の妻である重圧と、夫の身を案じる不安で押しつぶされそうになりながら、死の配達を続ける姿には、さすがに目頭が熱くなった。

第一、第二次世界大戦、東西冷戦と、世界規模の戦争では負けなしのアメリカが、唯一黒星を喫したのがベトナム戦争。莫大な犠牲を伴って、その上敗北を味わった戦いを「意味のない戦争だったのでは?」と回顧するのが辛すぎるのは判るが、それでもその思いと折り合いをつけて「ディア・ハンター」や「地獄の黙示録」「プラトーン」などの力作を作ってきたではないか。それなのに、21世紀に突入して“負けはしたけどリッパに闘いました”じゃ、あまりにも非建設的だ。残念でならない。

□2002年 アメリカ映画 原題「We Were Soldiers」
□監督:ランダル・ウォレス
□出演:メル・ギブソン、バリー・ペッパー、マデリーン・ストウ、他

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◆青山学院文学部史学科卒業。西洋史が専攻で、卒業論文はベネチア史。学んだことを生きている間に有効に活かせるのだろうか…と、かなり心配。
◆エトセトラ:
古今東西の映画をこよなく愛す、自他ともに認めるシネフィル(映画狂)です。時に苦言を呈すこともあるその映画批評の基本は、映画へのあふれる愛情と自負しています。どんなダメ映画でも必ずひとつはあるイイところを発見するのが得意技。大のサッカー好きで、欧州リーグからJリーグまでTPOに合わせて楽しんでます。
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