映画通信シネマッシモ


映画通信シネマッシモは、2018年4月をもって、終了しました。

ブログ終了にあたり、たくさんのあたたかいコメントをお寄せいただき、本当にありがとうございました。
皆さまの映画ライフに少しでもお役に立てたならこれほど嬉しいことはありません。
長い間のご愛顧に心より感謝いたします。

SWEET SIXTEEN

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◆プチレビュー◆
少年が主人公であるこの映画は、今までのローチ作品のような、厳しさや辛さより、切なさが強く感じられる。実は私はケン・ローチは貧乏くさくて苦手。偉大な監督だと判っていても、毎回、物語の結末が辛すぎるのもイヤ。なのにどうしても気になって見てしまうのだ。ホントに困った監督である。

もうすぐ16歳の誕生日を迎えるリアムの夢は、恋人の罪を被って服役中の母親と、未婚の母である姉と家族揃って暮らすこと。小さなコテージの購入を計画し、そのために友人と麻薬を売り金を稼ぐが、街の組織が彼らを見逃すはずもなくトラブルを巻き起こし、深みにはまっていく…。

英国労働者階級の人々を描き続けるケン・ローチ監督が、少年を主人公に映画を作るのは「ケス」に続いて二度目だ。主人公リアムを演じるのはスコットランドの下部リーグでプレーしていたプロのサッカー選手M.コムストン。彼の、演技経験がないとは思えない繊細な表情が傷つきやすい内面を雄弁に語り、時折見せる硬い演技は、リアムの置かれたのっぴきならない状況を表すのに効果的でさえある。

映画の背景には、家族の崩壊、失業、貧困、虐待、ドラッグなど様々な深刻な問題が横たわるが、本作では、少年の心情に重点を置き、社会問題よりもドラマ性を重視している。声高に社会批判などせず、登場人物が悲劇に向かうプロセスを一歩ひいた視点で淡々と描き、結果的に、主人公をそうさせる社会構造の矛盾を浮き彫りにする手法がいかにもローチ流だ。

リアムが望むのは暖かい家庭のぬくもり。湖畔の小さなコテージを買って母子水入らずで暮らしたいと願うが、そのささやかな夢を実現させるためには、まず資金が必要だ。金稼ぎのために麻薬売買に手を染める愚かしさが悲しいが、そこが15歳の幼さ。母への一途な思いが間違った形となって悲劇を生む姿が痛ましい。

親友のピンボールとの悲しい別れも印象的だが、姉シャンテルとの価値観の違いが目をひく。リアムの夢は母ジーンと共に暮らすことで、それは彼の考える幸福と一致するが、母親の幸せはそうではない。シャンテルはそのことを知っていて、心の中で完全に母親と離別していた。家族を懸命に取り戻そうともがくリアムには、母親を見限ることなどできない。ここに悲劇がある。いくら聡明でも理解できないことなのだ。なぜなら、彼はまだ16歳にも満たない、母に愛されたいと願う少年なのだから。

映画はリアムをより救われない状況に投げ出して終わる。このラストに込められたかすかな希望を感じ取ることが出来るかどうかで作品の評価が分かれるだろう。少年のヒリヒリするような心の葛藤は、観るもの全てを突き刺す痛みだ。その日は彼の16歳の誕生日。辛く苦い朝にリアムは何を思うのか。決してスウィートではない青春を描く本作。暗くて地味だが手応えのある内容で、本当の映画好きにしか勧めたくないビターな1本だ。

□2002年 イギリス・ドイツ・スペイン合作映画 原題「SWEET SIXTEEN」
□監督:ケン・ローチ
□出演:マーティン・コムストン、ウィリアム・ルアン、ミッシェル・クルター、他

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猟奇的な彼女

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◆プチレビュー◆
ヒロインの“彼女”のチョン・ジヒョンはいわゆる美人ではないが、抜群のスタイルと表情の豊かさで好感度大。韓国女優にありがちな厚化粧じゃないのもいい。

大学生のキョヌは、地下鉄で泥酔していた美女を助ける。清楚な外見とは裏腹に、彼女は酒癖が悪く超乱暴、その上、正義感が強い。破天荒な行動に唖然とするキョヌだったが、やがて二人は親しくなる。「ぶっ殺されたい?」が口癖の彼女なのだが、実は悲しい秘密を胸に秘めていた…。

猟奇的と聞くと何やらサイコ・サスペンスを連想するが、この猟奇(ヨプキ)とは、韓国では、個性的で面白くて突拍子もない“ちょっと変わってイケてる”的なプラスのイメージの言葉。従来の韓国映画にない強烈なキャラクターのヒロインを演じるチョン・ジヒョンが、素晴らしく魅力的なのだ。

彼女の凶暴さはすさまじく、殴る、蹴る、脅す、怒鳴り散らすなど日常茶飯事だ。しかし、年寄りに席を譲らない若者に悪態をついたり、援助交際をしているカップルに喧嘩を売ったりとヘンなところで筋をとおす一面も。気弱で人のいいキョヌは振り回されるばかりだが、なぜか彼女を憎めず、いつしか心を奪われる。この二人のキャラの対比がユニークで、映画の魅力の大部分を占めていると言ってもいい。

主役の二人の性格が極端にデフォルメされ、珍妙な恋愛劇が展開する。エピソードが満載な上、シナリオライター志望の彼女の作品の場面が所々に挿入されて、実ににぎやかだ。SF、時代劇、メロドラマと作風もバラエティに富み、それがいちいち可笑しい。だが、ギャグがスピーディな一方で、二人の関係は友達以上、恋人未満。すれ違いも多く、中々進展しないもどかしさも。後半になると徐々に彼女がつらい過去を忘れられずにいることが判るが、物語半ばから韓国人好みのベタな泣けるドラマに転換するのも、強引で可笑しい。しかも、彼女の凶暴な性格は持って生まれたもので、つらい過去とは全く無関係。これが笑わずにいられようか。

典型的なスクリューボール・コメディタッチで描かれる二人の恋物語。映画はサッカーの試合のように、前半戦、後半戦、延長戦という3部構成で進む。前半で笑わせ、後半で泣かせ、延長戦で一度別れた二人のその後を描くが、この部分が少々クドい。サッカーでも、いい試合は90分できっちり決着がつくじゃないか。せっかくユニークなラブ・コメディなのに、ロス・タイムが長いのが残念。しかし、原作とは違う形にした映画の結末は、気の利いたオチを付ける事で観客をハッピーにしてくれるので、後味はさわやかだけれど。

韓国の儒教社会をパロった部分も見逃せない。少し前の香港映画の元気の良さを彷彿とさせる、新しい韓国映画のムーヴメントを感じる作品だ。但し、現実世界では、暴力はいけません!

□2001年 韓国 原題「My Sassy Girl」
□監督:クァク・ジェヨン
□出演:チョン・ジヒョン、チャ・テヒョン、キム・インムン、他

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戦場のピアニスト

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◆プチレビュー◆
放置されたピアノの調律は狂っているだろうし、食うや食わずの暮しでは指もなめらかに動かないはず…と、頭では判っていても、あまりに素晴らしい演奏シーンにただただ涙だ。想像上の鍵盤で演奏するシーンが泣ける。

第二次世界大戦下のポーランド。ピアニストのウワディスワフ・シュピルマンとその家族は、ユダヤ人居住区に強制移住させられる。隣人や友人が虐殺され、家族が収容所に送られる中、シュピルマンは奇跡的に救われるが、死と隣り合わせの逃亡生活を続ける彼にも危険が迫る…。

ユダヤ系のポランスキー監督が、ついに自身の過去と向き合い、原体験と重ね合わせたリアリズムで描く本作は、押えた演出ながら説得力と執念がにじみ出て、非常に完成度が高い。出演俳優の演技力と、CGとセットを駆使した光景、深遠な人間描写など、見応えも充分だ。巨匠ポランスキーが満を持して放つ、渾身の一作と呼んでいいだろう。

シュピルマンが生き延びる姿は、捕らわれるも地獄だが、生き残るも地獄と思わせるほどで、ただ一人で身を潜め、逃げ続ける彼の恐怖と孤独が痛いほど伝わってくる。シュピルマンにヒーロー的要素は皆無で、家族に許可証を調達したり、抵抗活動を間接的に助けたりはするが、彼自身は痛々しいほど無力だ。力仕事もこなせず、身を隠すにも不器用すぎる彼には、ピアノを弾く才能以外、何もない。まさに、奇跡的にホロコーストの狂気をかいくぐる。

前半に描かれるナチスの残虐な行為に派手な演出はなく、無表情なのは銃を頭に突きつけるナチスも殺されるユダヤ人も同じだ。あまりにも日常化した死がそこにある。一面廃墟と化したワルシャワの光景は、巨大なセットを使った上にCGを駆使したもので、奥行きといい色彩といい、出色の出来栄えだ。この無慈悲な映像を、美しいと表現するのは不謹慎だろうか。

戦況が刻々と変わる中、シュピルマンは遂に一人のドイツ人将校に見つかってしまうが、結果的にピアニストであることが幸いする。廃墟に響くショパンの旋律。妙なるピアノの調べは、シュピルマンの命の周辺で流された無数の血を思い起こさせて、言いようのない感動を生む。繊細な主人公を演じるA.ブロディの熱演と共に、ドイツ人将校役のT.クレッチマンも出番は少ないが好演だ。

人間は本来、善と悪を併せ持つ存在。被害者の悲劇や加害者の蛮行だけでなく、物語の視点が公平なのが目を引く。善悪の単純な区分けの民族主義など存在しない。あくどいユダヤ人や、音楽を愛するドイツ人を登場させるのは、ゲットーの非人間性を、実体験として知っているからこそ生まれる深い人間観だろうか。ラスト4分間に及ぶ演奏が胸を打つ、カンヌ映画祭パルム・ドールの名に相応しい傑作だ。

□2002年 ポーランド・フランス合作映画 原題「The Pianist」
□監督:ロマン・ポランスキー
□出演:エイドリアン・ブロディ、トーマス・クレッチマン、フランク・フィンレイ、他

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レッド・ドラゴン

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◆プチレビュー◆
米国の若手実力派E.ノートンも、これだけ優秀な英国人俳優たちに囲まれては、さすがに少し影が薄かった。「羊…」よりも前の出来事を、10歳以上老けたちょっと太めのホプキンスが演じるのは矛盾だが、この役をいったい他に誰が演じられようか。

殺人鬼レクター博士を命懸けで逮捕したFBI捜査官グレアム。心と身体に大きな傷を負い、FBIを引退していたが、新たな連続殺人事件が起こったため、やむなく復帰し再びレクターと対面する。“レッド・ドラゴン”と呼ばれる犯人を追うことになるが、レクターは巧妙な手口でグレアムと彼の家族を危険にさらす…。

ブレッド・ラトナーが監督で大丈夫なのか?!これが今回の最大の懸案事項だった。ジョナサン・デミ、リドリー・スコットと続いて、次が「ラッシュ・アワー」のラトナーとは、誰もが首をかしげただろう。だが、その心配は杞憂に終わってくれた。なかなか良く出来ているではないか。但し、美しき駄作「ハンニバル」に比べてだが。

精神科医レクターはグレアムと刺し違えた後、牢獄に入っているが、新たな事件の解決のために彼の明晰な頭脳が必要とFBIは判断した。よって、時代的には最初に当たるが、みたびサー・アンソニー・ホプキンスの登場となる。オラ、オラ、レクター博士のお通りだい!というわけだ。本作はシリーズ第1作にして完結編とのこと。「羊たちの沈黙」「ハンニバル」の前2作につながる伏線や、見覚えのあるキャストも登場するので、鑑賞前に予習しておくと、より楽しめる。

人間は慣れる動物なのか、シリーズも3作目ともなると怖さは随分薄れるものだ。レクターが出す料理の素材が何なのかということや、彼の並外れた知性を観客は既に知っているし、今回の犯人“レッド・ドラゴン”の正体も早い段階で明かされる。この映画のテーマは謎解きではなく、映画史上、最も魅力的な悪の化身レクターと、聡明な元FBI捜査官グレアム、更に悲しい過去を持つ犯人の三つ巴の物語。それは、同じ思考回路を持つ者たちの、スリリングで愛憎紙一重の駆け引きなのだ。

演技派俳優勢揃いで息が詰まりそうだが、犯人を演じるR.ファインズの鬼気迫る演技が特に凄い。トラウマを背負った複雑な人間心理に加え、盲目の女性との愛という未経験の感情に戸惑う姿が絶妙だ。少年期の背景の描き込みがやや浅いが、この程度にしておかないと、この話の主役がレクターとグレアムから、犯人へと移りかねない。この作品、実は切ない恋愛モノなのかも…と観客に勘違いされては困るのだ。このシリーズはあくまでレクターという超絶な“絶対悪の象徴”が中心なのだから。

カニバリズム(人肉食い)を描いた作品は他にもあったが、それは、生きるためであり、魂を得る精神世界のためだった。ハンニバル・レクターは全く違う。自身の桁違いの美意識に基づいて“好きでやっている”ところが凄いのだ。そんな人知と常識を越えた彼の前では、人間の情愛など何の意味もないが、それでも理解し合える同類を待っている。宿敵であろうと自分と五分に渡り合い、奇妙な親愛の情を共有できる人物。それが、グレアムであり、後に登場するクラリスなのだ。

□2002年 アメリカ映画 原題「RED DRAGON」
□監督:ブレッド・ラトナー
□出演:アンソニー・ホプキンス、エドワード・ノートン、レイフ・ファインズ、他

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僕のスウィング

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◆プチレビュー◆
何よりも魅力的なのはマヌーシュ・スウィングのサウンド。焼け残ったギターの一部を川に流すシーンが泣ける。

夏休みを裕福な祖母の家で過ごす10歳の仏人少年マックスは、ジプシーの音楽に魅せられギター演奏を習うためにロマ族の居住区に通うことに。そこには黒い大きな瞳のスウィングという美少女がいて、マックスは彼女に淡い恋心を抱く。ジプシー音楽とロマの少女。2つのスウィングと共に楽しい夏を過ごすのだが…。

自らもロマの血をひくトニー・ガトリフ監督は、常に自分の作品にジプシーのルーツを投影させている。愛と死、宿命を描いてきた過去の作品とは趣が異なり、本作は少年と少女の小さな恋物語を軽やかな音楽に乗せて描いた爽やかな作品だ。

マヌーシュとは主にフランス北部に住むロマ(ジプシー)の通称で、ジプシー音楽とスウィング・ジャズを融合させたのが、軽快なリズムのマヌーシュ・スウィングだ。マックスはギターの名手ミラルドに弟子入りするが、ミラルドの技術はまさに神業。全編を彩る演奏を聴くだけでもこの映画を観る価値があると言っても過言ではない。

秘密の抜け道や川での水遊び、木の実や薬草の名前を教わったり、時には恋のおまじないも。マックスにとっては全てが新鮮で永遠に続きそうな幸せな日々だったが、やがて切ない別れの時が訪れる。主役を演じる2人の子役の輝きは言うまでもないが、両性の魅力を備える野生味溢れるスウィングの笑顔が、特に印象的だ。

識字率が低く、社会からも冷遇されてはいるが、ロマの人々の自由で誇り高い暮らしはまぶしいほど。ナチスから受けた迫害を語る場面は、ワン・シークエンスでさりげなく描写される。マックスとスウィングを異文化の象徴とするならば、異なる文化の融合をこんなにも優しく瑞々しく描けるものかと改めて感動を覚えた。

音楽は全ての壁を乗り越える。使い古されたセリフだが、ジプシーとアラブ、欧州各地の演奏家のセッションの場面の素晴らしさは本物で、説教臭さなど微塵もない。仏人少年マックスとジプシーの少女スウィングの可愛らしい初恋物語でありながら、ロマの伝統や歴史をも描き込み、味わいとコクのある一作となっている。

□2002年 フランス映画 原題「SWING」
□監督:トニー・ガトリフ
□出演:チャボロ・シュミット、オスカー・コップ、ルー・レッシュ、他

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ボーン・アイデンティティー

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◆プチレビュー◆
繊細で知的な青年役が多かったマット・デイモンの新境地。アクションも立派にこなしてフェロモン全開だ。女性ファンも急増だろう。

嵐の海で救助された男の背中には銃弾のあとが。その男は記憶が全くなく、皮膚の下に埋め込まれたマイクロチップに、スイスの銀行口座が記されていた。そこで彼は、ジェイソン・ボーンという自分の名を知り、数種のパスポート、多額の現金を発見。驚く間もなく、何者かに命を狙われる。マリーという女性を道連れに逃避行を続けながら自分の過去を探ることになるが…。

「バイオハザード」「ロング・キス・グッドナイト」。これらは皆、特殊な能力を持った人物が記憶を無くすという設定の物語。他の作品が“主人公は何者か?”を一番の謎とするのに対し、本作では、主人公のボーンが実はCIAエージェントだということを観客は最初から知っている。なぜ追われているのか、執拗に命を狙われる理由さえも物語途中で察しがついてしまうのだが、記憶はなくしても、身体が覚えている語学力や戦闘能力を駆使して活躍する様が痛快だ。

今まで繊細で知的な役柄が多かったマット・デイモンが逞しく生まれ変わり、非常に魅力的だ。無駄のない動きで相手を倒し、切れ味のいいアクションを披露する。とはいえ、知性派の名に恥じず、ただ銃をぶっ放すだけではなく、様々な小道具を使って追っ手を振り切るのだ。無線を奪って情報を収集し、ビルの内部の地図を見ながら逃走経路を練り、電話のリダイヤルで敵の正体を探る。銃を使うのを本能的に避けるこの作戦は、単に頭脳戦というだけでなく、主人公の性格付けにも通じている。

記憶をなくした上、命を狙われる。その不安は想像して余りあるが、M.デイモンのどこか頼りなげなルックスがこの役柄にぴったりマッチする。あの幼い顔で、バッタバッタと敵を投げ倒し、激しいカーチェイスやビルの絶壁からのダイブまでも披露してくれるからサービス満点だ。パリの街の複雑な路地や石畳で繰り広げられるカーチェイスの主役は、小回りが効く真っ赤なミニ・クーバー。実際のスピードを考えると逃げ切れるかは甚だ疑問なのだが、この車は劇中のマスコットのような存在だ。

ヒロインを演じるのは「ラン・ローラ・ラン」で鮮烈な印象を残したドイツ人女優フランカ・ポテンテ。彼女が演じるマリーもまた、欧州を放浪しながら自分自身を探している。ポテンテは中性的な雰囲気でとても好演なのだが、マリー自身の役の設定にもうひとひねり欲しかった。いくらなんでもしろうと過ぎるので、足手まといの感は否めない。だから、最後まで行動を共にできず、途中でボーンと離れなければならないのだ。しかし、逃避行の合い間に見せる2人の短いラブシーンはとても秀逸で、ボーンが変装のために、バスルームでマリーの髪を切る場面は印象深い。

主人公は次第に自分が恐ろしい陰謀に加担していたことを知る。かつては非情な任務をこなし優秀なエージェントだった彼が追われることになる原因は、その根本に潜む性格にある。自分自身を認識し、その可能性を知るのは人間の普遍的な願い。主人公ボーンは、記憶を失ったことで、半ば強引に自分探しの旅をするはめになるが、その中で彼が持つ本来の人間らしさが、ボーンを生まれ変わらせようとする。かつての自分を知ってなお、変わろうするひたむきさ。ここに、この映画が従来のアクション映画と一線を画す魅力がある。

□2002年 アメリカ映画 原題「The Bourne Identity」
□監督:ダグ・リーマン
□出演:マット・デイモン、フランカ・ポテンテ、クリス・クーパー、他

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オールド・ルーキー

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◆プチレビュー◆
実話ならではの説得力があるスポーツ・ドラマ。ジム・モリス本人が審判役でカメオ出演している。

野球少年だったジムは大リーガーへの夢を断念し、今は高校で野球部の監督を務めながら、教師として平穏に暮らしている。成り行き上、チームの子供たちとの約束でプロの入団テストを受けることになるが、肩の故障にも拘わらず剛速球を投げる彼にスカウトの声が。家庭を持つジムは、安定した生活と自分の夢との狭間で躊躇する…。

“なせば成る”はアメリカン・ドリームの基本だ。事実、そうやって夢をつかんだ人々の話は、いつの時代も私達の胸を熱くする。この映画の主人公ジム・モリスも、一度あきらめた夢を35歳にしてつかんだヒーロー。映画は、彼の才能や苦闘と共に、ジムを支えて励ました家族の愛を描いている。野球に無理解な父親と、父であるジムをあこがれの瞳で見つめる幼い息子。野球ものと父子ものというハリウッドの伝統の得意技で、気持ちよく泣かせてくれるのだ。

野球部の子供たちに“あきらめるな。夢を追え”と説くジムに、少年が尋ねる。監督自身はどうなの。あんなスゴイ球を投げることができるのに。彼は自分が夢を封じ込めて生きていることは知っているが、一度挫折した野球にもう一度プロとして挑戦することで生じるリスクを思うと踏み出せない。家庭を持つ大人なら当然の迷いだ。

ジムを演じるのはデニス・クエイド。この人はいい意味でオールド・スタイルだ。古き良きハリウッドスターの雰囲気を持つ役者で、その誠実な風貌から、スポーツ選手の役をやることが多い。本作でも、悩みながらも戦い続ける主人公を、温かさと人間味溢れる演技で好演している。電話で息子の宿題を手伝うシーンは印象的だ。

実力派レイチェル・グリフィスが演じるジムの妻ローリーは、最初は彼が野球に再挑戦することに反対するが、きっぷのいいテキサス女である彼女は、遂には悩む夫の背中を押し「あなたの夢は私たちの願い。」とエールを送るのだ。経済的な不安や離れて暮らす寂しさを押し殺す彼女の献身が涙を誘う。

ジム・モリスは努力の人だ。一度は夢に挑戦したが、挫折した経緯を持つ。過去にマイナー・リーグでプレーし、肩の故障で野球を断念したいきさつが、あまりにも省かれているのが気になった。セリフの端々では判るが、ちょっと説明不足なのでは。回想シーンのひとつも挿入すれば、その後の再挑戦と、リスクを負いながら立ち向かう勇気に、より説得力が出たはずだ。剛速球の秘密も知りたいところ。しかし、モリスがメジャーの投手になったことよりも、へなちょこ弱小野球部が地区優勝したことの方が、実は数倍もすごい奇跡のような気がするが…。

年齢を重ね、社会を知れば、夢を追い続けることの難しさを痛感するもの。勇気を持ってメジャーに再挑戦したモリスは、2シーズン投げたあと静かに去っていった。愛する人と喜びを分かち合うことが、史上最年長ルーキーの真の勝利の瞬間だ。実話の重みを感じる1本。チャレンジャーの姿はいつだって輝いている。

□2002年 アメリカ映画 原題「THE ROOKIE」
□監督:ジョン・リー・ハンコック
□出演:デニス・クエイド、レイチェル・グリフィス、ブライアン・コックス、他

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マーサの幸せレシピ

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◆プチレビュー◆
凄腕シェフ自身が食べることに無頓着?!また、人間的に欠陥の多い人物が、一流の厨房のスタッフをまとめることが出来るのかも疑問。でも、そんなささいなツッコミを忘れさせるのが、孤高の天才ジャズピアニスト、キース・ジャレットの素晴らしすぎるメロディだった。

ハンブルグの一流レストランのシェフであるマーサは、料理には人一倍の自信と誇りを持っているが、私生活では不器用な30代の独身女性。彼女は、姉の事故死で8歳の姪リナを引き取ることに。心を開かないリナと、勤め先の料理店に新たに入ってきたイタリア人マリオの2人は、マーサの生活に少しずつ変化をもたらしていく…。

サンドラ・ネットルベック監督はこの作品が長編デビュー作となる。ドイツ映画でグルメものというのは意外だが、女性監督ならではの繊細な視点に溢れる佳作だ。ストーリー自体はありがちで、目新しさはないのだが、その分自然で、予想通りに展開する心地よさを感じてしまう。ドイツ人とイタリア人の気質の対比の設定も定石。だが、“食事は愛する人と食べると幸せになれる。愛がなくては美味しくない。”このメッセージは単純なだけに、強く迷いのない世界なのだ。

マーサは生真面目で誇り高い。完璧主義は彼女の武器で、仕事への情熱が本能を閉じ込める。バランスを保つために、彼女はしばしば厨房の奥にある食料貯蔵庫に一人で閉じこもるのだが、篭城中の彼女の心の城に、姪のリナと陽気なマリオという異分子が乱入。まるで自分自身を見るかのようなリナと、自分とは正反対のマリオだが、結局彼らは、マーサと“幸せ”との仲介者になる。

8歳のリナは母親の死のショックで拒食症に。一方、マーサも料理は作るが自らは食べることに興味がない。この二人が物語が進むにつれ、どのような形で食べ物を口にするようになるかを、彼らの心の変化と共に描くのが上手い演出だ。そこでは、一流レストランで出される色鮮やかで洗練された一皿よりも、スタッフのまかない食や、フライパンから直接食べる行儀の悪さが、なぜか魅力的に映る。

愛する人と一緒に食事をし、共に語らうひと時は最も幸せな瞬間のひとつ。マーサとマリオの食材当てのシーンは、ちょっとエロチックな場面だ。マーサの誇る絶対味覚は、彼女が見ようとしなかった愛情や心のふれあいを何よりも知っていて、彼女がそれを欲していると語る。人生のレシピに欠けていた、ひとさじの調味料か。

残念なのはマーサ、リナ、マリオ以外の人物の人間描写が中途半端なこと。マーサの勤める店のオーナーが彼女をセラピーに通わせるのは、マーサの本質を理解しているから。だからこそ、彼女を街で2番目のシェフと呼ぶのだが、そのオーナーが結局は彼女を助けることもなく、決別を匂わせる形で終わるのが、ストーリーとして腑に落ちない。また、マーサのアパートの階下に住む男性は結局どうなったのか?もっと効果的な役割があっただろうに。

仕事や私生活で既に確立している価値観を変えるのは大変なことだ。映画は、人生の転機を向かえ、自分の小さな世界から出て、現代生活に欠けている愛情や人間らしいコミュニケーションの大切さに気付くヒロインを、優しい視点で描写する。几帳面な性格や仕事ぶりは変わらないだろうが、自分と違う生き方を認める心の柔らかさが、マーサを幸せな人生に導いた。あくまでも小品なのだが、観終わって何とも気持ちのいい作品で、心がほっこり。こんな気分を味わうために、私は日々映画を観ている。

□2001年 ドイツ映画 原題「Mostly Martha」
□監督:サンドラ・ネットルベック
□出演:マルティナ・ゲデック、セルジオ・カステリット、マクシメ・フェルステ、他

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8人の女たち

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◆プチレビュー◆
タイトルはジョン・フォードの遺作「荒野の女たち」(原題「SEVEN WOMEN)が出典か。オゾン流の毒気はやや薄いが、過去の作品を使った遊び心が楽しい。

50年代のフランス。イヴの朝、ある豪邸で館の主マルセルが殺害される。屋敷は、電話線は切られ、大雪に閉ざされた密室状態。身内を中心に8人の女たちが集まっていたが、不倫、妊娠、金銭問題など、全員に殺害の動機があった。長女のシュゾンは、さっそく犯人探しを始めるが…。

やはりオゾン監督はタダモノではない。主役級の女優たちを一堂に集めて作った作品はなんとミュージカル。もちろん正統派ではなくオゾン流だ。50年代のテイストと、往年のハリウッド映画の名女優へのオマージュが満載の本作は、豪華で風変わりな推理劇。シニカルでコケティッシュな感触は一度味わったら、もうやみつきだ。

妻に二人の娘、妹やメイドなど、主に関わる女たちは、皆、殺人の動機が充分。互いの秘密が次々に明かされる過程で、仏を代表する女優たちが、唐突に歌い踊り出す。ドールハウスのようなテクニカラーの屋敷の中では、ミュージカル仕立ての進行も不思議と違和感がない。ファッションも意図的に大仰で、目にも楽しい。しかも8人全員が一人一曲、歌い踊るサービスぶりなのだから嬉しくなる。

オゾン作品と言えば、同性愛や近親相姦、軽いタッチの殺人などがお約束だが、本作でも、思わぬ謎解きの小道具として登場。ポップな中にもちゃんと毒が仕込んであるのだ。いちいち驚いているヒマはない。

大女優から新進気鋭の若手まで、百花繚乱だが、中でも、インパクト抜群なのが女主人の妹を演じるイザベル・ユペール。欲求不満で、家族中に当り散らし、トラウマと心臓病を抱えて暴走中のオーギュスティーヌは、最高に笑える存在。ユペールの確かな演技力が、極上のコミカルさを生んでいる。シットコム(シチュエーション・コメディ)よろしく、笑い声を献上したいほど。彼女の変身後の姿は必見だ。

ミュージカルの不自然さが苦手という人にも、これはかなりお勧めでは。ここまでデフォルメされた展開なら、唐突さがむしろ魅力となる。映画ファンには過去のヒロインのイメージを発見できるお楽しみ付き。メイドのルイーズが大切にしている元の女主人の写真は、故ロミー・シュナイダーではないか!

ラストに明かされる家族の意外な秘密。これは明らかに女たちのドラマなのだ。その証拠に、一家の主の顔は、ほんの一瞬を除いて最後まで画面に登場することはない。美貌とパワー溢れる仏女優たちのノリまくった夢の競演は、映画界の大事件。オゾンの初期の肩書きは“鬼才”。最近ではさかんに“俊英”と呼ばれているが、この人が将来“巨匠”になるのは間違いない。

□2002年 フランス映画 原題「8FEMMES」
□監督:フランソワ・オゾン
□出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ファニー・アルダン、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエ、フィルミーヌ・リシャール、ダニエル・ダリュー、他

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マイノリティ・リポート

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◆プチレビュー◆
物語は2流SF「ジャッジ・ドレッド」と瓜二つ。司法省の役人のウィットワーが元神学生という設定が全く生かされてないのが疑問。ラストにやや不満が残るが、エンタメ映画としては上出来。

2054年のワシントン。プリコグと呼ばれる予知能力者によって犯罪を未然に防ぐシステムが登場。犯罪予防局のチーフであるジョンは6年前に息子を亡くして以来、仕事に熱中していたが、ある日、プリコグによって、彼自身が全く見知らぬ男を殺す犯行を告げられてしまう。システムに疑問を抱いた彼は、逃亡しながら真相を追うが…。

S.スピルバーグとT.クルーズ。現在のハリウッドでこれ以上贅沢な組み合わせがあろうか。自ずと期待感は高まる。但し、スピルバーグの映画に過剰な期待は禁物で、そのことは、情に流されたSFピノキオ「A.I.」で十分に学習済みだ。結果、無欲で臨んだ本作は、娯楽映画の王道を行くもので、存分に楽しめた。

いったいなぜ自分は見た事もない男を殺すのか。この謎を解き明かす形で映画は進むが、ふいに主人公が陰謀に巻き込まれるのはヒッチコックが好んだ手法。古典をイメージしながら近未来SFのビジュアルで魅せるのが面白い。「犯人は誰か?」ではなく、未来形の「何故、殺すのか?」という逆の考え方で構築する物語は魅力的だ。

カルトな人気を誇るSF作家フィリップ.K.ディックは「ブレード・ランナー」などの作者。ディックの特徴である厭世観はやや薄れているが、無機質な色彩の未来世界のビジョンは、彼の世界を効果的に映し出している。

クセ者揃いの役者の中で、英国人サマンサ・モートンが凄い。プリコグの一人のアガサは、いわば地図のような存在で、事件は彼女の見る未来と過去の映像を頼りに解きほぐされていき、最後には真犯人の場所へと主人公を導く。クルーズに支えられるようにして逃げながら、小さな予言を積み重ねて危機を救う場面がスリリング。犯罪のない理想的なシステムも、予知能力者とはいえ、結局は人間が支えている。

近未来もののアイテムはあまり現実離れせず、今あるものに少しだけ味つけした程度のアナログ的なもの。あまり驚かせてはいけないのだ。しかもこの映画で描く未来は安全な殺人のない世界。もはや武器はセーフティなもので十分なのだが、床を飛び跳ねるスパイダーと嘔吐棒にはやや失笑。しかし、最大の変化は交通システムで、壁を垂直に走る車は見もの。トムもこの部分のアクションには気合が入っている。

この作品のテーマは個人を管理する社会への警鐘と、未来は自分で切り開くものだというメッセージ。今、我々はTVを見るが、未来ではTVが私達を見ている。網膜スキャンで特定した個人向けのスポット広告はそう遠くない未来に現れそう。逃亡中のクルーズにビール会社のCMが呼びかける。「ジョン・アンダートンさん、こんな時こそギネスをどうぞ」。余計なお世話だ。彼は今、それどころじゃない。

□2002年 アメリカ映画 原題「MINORITY REPORT」
□監督:スティーブン・スピルバーグ
□出演:トム・クルーズ、コリン・ファレル、サマンサ・モートン、他

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