We Were Soldiers [DVD] [Import]We Were Soldiers [DVD] [Import]
◆プチレビュー◆
ベトナム戦争を美化するなどもってのほか。こういう作品は許せない!

1965年、米軍のハル・ムーア中佐率いる部隊は戦地イア・ドラン渓谷で北ベトナム軍に包囲される。それは泥沼化するベトナム戦争の始まりを告げる激戦だった。UPIの戦場カメラマン、ジョー・ギャロウェイは米軍に同行し、地獄のような戦いをカメラに収めるが、そこで敵軍のベトナム兵の思いをも知ることに。戦場で戦う男たちがいる一方で、残された家族も試練と戦っていた…。

21世紀最初の悲劇である9.11テロ事件。この大事件以来、アメリカ映画は確実に様変わりした。強いアメリカ、正義の国家が“悪”をやっつけるという構図が求められ、数多くの戦争映画が製作されたが、テロ以後の風潮のどさくさに紛れて、よりにもよってベトナム戦争を美化するとは…。

この映画の背景となる時代は1965年。つまりベトナム戦争が始まってまもない頃だというところがミソ。まだ、兵士も軍も国家も戦う意義を熱く感じていた時代なので、登場人物に、後のベトナム戦争ものに見られるような反戦気質や迷いはない。実際に400名の新兵を率いて戦ったハル・ムーア中佐と戦場カメラマンのジョー・ギャロウェイの共著によるノンフィクションはベストセラーとなり、兵士たちの人間性と家族愛を全面に打ち出した物語は、原作同様、映画館でも涙をさそうかもしれない。

兵士たちは頑張りました。敵もたいしたもんでした。留守を守る家族もりっぱでした。みんなみんなエラかった。この八方美人的展開はいったいナンだ?!完全に視点がぼやけてしまっては、せっかくリアルに描いた激しい戦闘シーンも活きてこない。

さらに、過酷な戦闘とは裏腹に、戦争と人間の狂気がまったく描かれていないのはなぜ?仕方がないので、兵士の家族の不安や、愛する人を失った悲しみに力点を置き、更には敵兵の家族までも範疇に入れて描く。「戦争と家族」を平行して描くやり方は、従来の戦争映画と一線を画すもので、その意欲は評価しよう。でもラストのセリフは、「国のために戦ったんじゃない。戦友たちのために戦ったのだ。」とくる。ならば、家族愛ではなく、兵士の友情を描くべきだろう。

メル・ギブソンの背後に見える“家族と国家と正義のために”というメッセージは、建国当時の時代ならとにかく、泥沼のベトナム戦争が背景だと、どうにもあざとい。敵も味方も家族を思う気持ちは同じと簡単に言うが、ベトナム戦争の最大の誤算はアジア人の価値観を理解できなかったことにある。ほとんど一方的にやってきて、結果的に大量虐殺と大規模生態系破壊を行って去っていったアメリカ人から「両国が共有した痛み」と言われても、ベトナム人が納得できるだろうか?

そんな矛盾だらけの物語の中でも印象的なエピソードと言えるのが、中佐の妻ジュリーが戦死した兵士の訃報を家族のもとに届ける場面。毎日、数が増える電報に、自分の夫のものがあるのではと怯えつつ、部下の命を預かって戦う中佐の妻である重圧と、夫の身を案じる不安で押しつぶされそうになりながら、死の配達を続ける姿には、さすがに目頭が熱くなった。

第一、第二次世界大戦、東西冷戦と、世界規模の戦争では負けなしのアメリカが、唯一黒星を喫したのがベトナム戦争。莫大な犠牲を伴って、その上敗北を味わった戦いを「意味のない戦争だったのでは?」と回顧するのが辛すぎるのは判るが、それでもその思いと折り合いをつけて「ディア・ハンター」や「地獄の黙示録」「プラトーン」などの力作を作ってきたではないか。それなのに、21世紀に突入して“負けはしたけどリッパに闘いました”じゃ、あまりにも非建設的だ。残念でならない。

□2002年 アメリカ映画 原題「We Were Soldiers」
□監督:ランダル・ウォレス
□出演:メル・ギブソン、バリー・ペッパー、マデリーン・ストウ、他

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