チョコレート [DVD]チョコレート [DVD]
◆プチレビュー◆
辛口の恋愛映画の秀作。原題は死刑囚が最期にとる食事に由来する言葉だ。R指定だが、子供なんかにはもったいなくて見せられない。

人種偏見が根深いアメリカ南部で、夫を死刑で、一人息子を交通事故で相次いで失った黒人女性レティシアと、瀕死の息子を病院に運んでくれた白人の男ハンクが出会う。打ちのめされた彼女の前に現われたハンクは、人種差別主義者で、更には夫の死刑を担当した刑務所の看守だったのだが、ハンクもまた目前で息子に自殺されてしまうという悲しみを抱えていた。人種の壁を越えて惹かれあう二人だったが…。

映画「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の中で、“男と女は元々ひとつ、引き裂かれた体の半分を探してさまよい続ける…”という内容の歌が出てくるが、この映画の二人は、自分の相棒がこの相手だったと知って、さぞ驚いただろう。それほど、彼らの間には険しい壁があるのだけれど、二人に共通する悲しみという感情がじわっと壁にしみこんで、いつしかひとつになってしまったのかもしれない。

ベリーのオスカー受賞は確かに感動的だったが、実はこれ、父と子の両方を演じるB.B.ソーントンこそが主人公のストーリーなのだ。もちろん演技ではどちらも引けをとらずに素晴らしいけれど、深すぎる喪失感を味わった男女が出会い、再び新たな希望を取り戻すのは、口数は少ないけれど、よく見ると大胆に行動しているハンクのおかげ。ソーントンはこの人物をほとんど完璧に演じている。

息子が目の前で命を絶つというあまりにもショッキングな事件がきっかけで、ハンクは、黒人と女性を蔑視する父親からの呪縛にとらわれていた自分に気付く。代償が大きかった分、彼の価値感は根底から変わるのだが、殆どセリフなしでこの心境の変化を演じきる無愛想なビリー・ボブが本当に上手い。

勿論、前評判に違わず、H.ベリーも秀逸だ。モトが美人だから汚いナリもさまになる。レティシアには、夫の死が解放をも意味し、その後の息子の事故死すら、レティシアを結果的に自由にする。それ故に、初めてハンクと結ばれる前に「私をもう一度、女に戻して!」と叫んでしまうのか。レティシアが冗談混じりに死んだ息子のことをハンクに語りながら、湧き上がる悲しみとやるせなさを爆発させる演技は、心から血を流して演じるH.ベリーの見せ場だ。

人生のどん底を観た男女が初めて体を求め合う場面は、迫真の演技で、カメラワークも実に凝っている。家具の隙間から覗き見るようなアングルや、鏡やガラスに映り込む映像で、二人の本性のぶつかり合いを描き出す。繰り返し映る鳥かごも印象的。一方で、後半に出てくるもう一つのベッドシーンの穏やかさ。この対比が、二人の心の変化を現わしている。チョコレートアイスクリームを買いに出たハンクが、実は夫の死刑を執行した人物だとレティシアが知るのはこの直後だった。

肥満の息子が食べるチョコレートバー、ハンクがいつも決まって注文するチョコアイス。登場人物たちは、手に入らぬ愛の代用品として苦いチョコレートを食べる。沈黙を続けた物語の最後に、ハンクがつぶやく言葉は「俺たち、きっとうまくいくよ」。映画では聞き慣れたはずのこの台詞がこんなに胸に響くとは…。静寂と緊張感の中で、心に深い傷をおった男女は痛ましい愛の旅立ちを決意する。このときのレティシアの表情が忘れ難く、いつまでも映画の余韻となる。

人種差別や家族の崩壊という社会問題を内包しながらも、あくまで軸は男女の結びつき。この作品がR指定なのは、観れば納得。理由は激しい性描写などではない。起こっている物事や人物の感情全てを言葉で説明しないと判らないお子ちゃまには、まだ、この映画は無理だ。黙して語らず、間合いを味わうビターな恋愛物語なのだから。表情や行間から愛と葛藤が読み取れる大人だけが、鑑賞を許される。ラストの場面で見せるH.ベリーの、悲しくて嬉しくて困ったような表情は値千金。無言のこの演技でオスカーをその手にぐっと引き寄せたと確信した。

□2001年 アメリカ映画 原題「Monster's Ball」
□監督:マーク・フォスター
□出演:ハル・ベリー、ビリー・ボブ・ソーントン、ヒース・レンジャー、他

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