インソムニア [DVD]インソムニア [DVD]
◆プチレビュー◆
オリジナルのノルウェー映画もおすすめだ。原題は不眠症を意味する医学用語。アル・パチーノの不眠症演技は迫真だ。

アラスカで起こった猟奇殺人事件の捜査のため、LAから相棒と共にやってきた敏腕刑事ウィル・ドーマー。彼は持ち前の観察力で容疑者を追い詰めていくが、犯人追跡中に、深い霧の中で視界を遮られ、誤って、同僚ハップを撃ち殺してしまう。とっさに事実をもみ消すが、犯人に一部始終を見られていた…。

豪華スター共演。この宣伝文句に何度泣かされてきたことだろう。ビッグスターを組み合わせれば、その作品が必ずしも名作になるとは限らない。しかし「インソムニア」は狙い通りの1本で、実におもしろく仕上がっている。もっとも内容的には予想がはずれた。この映画、サスペンスかと思ったら、本当はそうじゃない。事件をきっかけに、一人の人間の内面の葛藤を描く心理劇だ。早い段階で犯人が明かされるので、一種の倒叙ミステリーとも言えるが、犯人を追う過程よりも、主となるのは、追う側と追われる側の逆転や動機、善悪の判断もからめて、のっぴきならぬ状況に追いこまれる主人公の内面。緻密な展開でじっくり掘り下げる。

97年の同名ノルウェー映画のリメイクである本作の舞台は、荒涼としたアラスカの町。誤って同僚を射殺してしまったことをドーマーが隠すのは、かつての捜査で一度だけ、倫理の一線を越えてしまったことがあるから。その事実をただ一人知る同僚の死は、警察内部の査察でドーマーの失脚を狙う者たちの格好の材料となる。このような事情をも把握した犯人は、ドーマーにある取引を提案してくる。断れば同僚射殺の件が明るみに出るし、引き受ければ、無実の人間が逮捕される。正義と保身、そして白夜がドーマーを悩ませ、彼の肉体と精神はゆっくりと壊れていく。

アル・パチーノの不眠症演技が凄い。血走った目、目の下のクマ、不健康そうなパチーノが自分自身と戦う格闘の演技は、見る者にまでドーマーの心的風景を疑似体験させる。過去の秘密と相棒殺しの自責の念から判断力や人間性を失う彼に、巧みにつけいる犯人。善と悪との曖昧ゾーンで苦しむパチーノの熱演がさすがで、圧倒される。気力と体力の限界で自分の意思さえ判らなくなってしまう彼は、いったいどうなるのか。映画始めのゆとりのある人物から、一睡もできずボロボロになっていくパチーノが渋い。

一方、ウィリアムズ演じる犯人は、一見もの静かな知識人だが、狡猾な脅迫といい、通俗推理小説家という凡庸さと、死体に儀式的行為を施す異常さが同居する気色悪い男。悪役に徹するウィリアムズとパチーノの心理的駆引きは、名演技が炸裂する見所だ。実は、ウィリアムズが悪役を演じるのは、初めてではなく、地味な二重スパイ映画「シークレット・エージェント」で、爆弾魔のアナーキストを怪演している。

この不健康中年vs異常中年の対決のレフェリー役が、敏腕刑事ドーマーに憧れを持っている若い女性刑事エリーを演じるH.スワンク。パチーノと共に迷路に迷う私たちを彼女の客観的な視点が導いてくれる。

冒頭から繰り返し登場するシミが広がる繊維のアップの映像の意味は、後半パチーノの口から明かされる。これが、この映画を象徴していると言ってもいいだろう。氷や霧など元は同じ水というアイテムを違う形で見せて、ひとつの出来事がそれぞれにとって異なる意味を持つ物語の伏線の役割を果たし、こだわりが感じられる。

ベテラン刑事の失態をきっかけに、善と悪が同居する人間性を掘り下げる。アイデア勝負の傑作「メメント」はすごい映画だったけれど、今回はいわば正攻法。ノーラン監督は、時間軸をずらさずとも、見事な演出が出来る監督だと証明されたような作品だ。パチーノを始めとする名俳優陣のおかげとはいえ、単なるサスペンスに終わらず、見応えのあるドラマに仕上げた腕はたいしたものだ。

□2002年 アメリカ映画 原題「Insomnia」
□監督:クリストファー・ノーラン
□出演:アル・パチーノ、ロビン・ウィリアムズ、ヒラリー・スワンク、他

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