まぼろし<初回限定パッケージ仕様> [DVD]まぼろし<初回限定パッケージ仕様> [DVD]
◆プチレビュー◆
美しく年齢を重ねた人の優美さを見よ。ぜひお手本にしたい50代のランプリングに思わず見惚れる。原題は「砂の下」の意味。

マリーとジャンは25年連れ添った幸せな夫婦。例年通り、夏のバカンスで海辺の別荘に来たが、マリーが浜辺でまどろんでいる間に、ジャンが行方不明になってしまう。事故か、失踪か、もしや自殺か。大掛かりな捜索が行われるが、手がかりはつかめず捜査は打ち切られる。失意のままパリへ戻るマリー。今までと同じ日常を営むマリーは、ある日ジャンの幻を見るようになる…。

久しぶりに目にする日本語の、それもひらがなのタイトルが新鮮。最近はもっぱら原題が多く、そうでなくてもカタカナの題がほとんどなので、この「まぼろし」という邦題はひときわ目を惹いた。古風な書体で、縦書きで書かれているチラシも珍しく、いったいどんな作品なのかと公開前から妙にそそられる映画だったものだ。

人は愛する者の喪失を、どう乗り越えるのか。過去に幾度も描かれたテーマではあるものの、こんなにシンプルで奥深い作品に巡り合う事はめったにない。全盛期のミケランジェロ・アントニオーニの傑作「情事」を彷彿とさせる内容で、これを撮ったのが、問題作ばかりを世に問うF.オゾンだとは。

穏やかに平凡に暮らしてきたマリーとジャンの50代の夫婦は、お互いに深く愛し合っている。いや、愛し合っていると思っていた、少なくともマリーの方は。波にさらわれるかのように夫が突然いなくなる。にわかに受け入れ難い出来事だが、安否が不明では心の整理さえできない。まるで宙吊りの状態がなんとも残酷なのだ。夫の死を消化できずに彼の幻を見るマリーが「夫は自殺するかもしれないわ。」と、友人に未来形で語り始めるところは、印象的でスリリングだ。

ジャンの不在の真相をサスペンス仕立てで描いていくのが巧みな展開で、妻が夫の幻覚を見る情景も緊張感に溢れている。細部まで練られた脚本に感心した。リアルさと幻影が混在する独特の空気は、マリーの深い孤独感をより強く響かせ、心が揺さぶられる。しかし、容赦ない現実が、観客とマリーに忍び寄ってくる。初めて知るジャンのうつ病と義母の思わぬ冷たい言葉に、マリーの心のバランスは、希望と絶望の間で揺れ動く。よせては返す波打ち際は、生と死の境界線だったのか。ノーメイク、裸身をもさらして演じる50代の名女優ランプリングが素晴らしい。

殺人、同性愛、近親相姦と、アブノーマルな要素を常に盛り込むオゾン監督が、正攻法で撮る映画はあまりにも奥深い。従来のハジケたところは皆無だった。この人は“普通の”作品も撮れるだ!改めてその才能に驚かされた。ヨーロッパでは“いい女”の象徴とあがめられる存在のランプリングとの出会いは、まさに映画界の奇跡と言ってもいいほど。ハリウッドには到底真似できないコラボレーションといえるだろう。

終盤、夫であろう屍が上がり、マリーは事実に対峙せざるを得なくなる。むごい現実は、癒せぬ心の傷をマリーに負わるが、彼女が自ら引き寄せたのは愛の持続という啓示。自分の存在を保ち続け、現実を享受し、ジャンを愛し続ける。

人は、長く寄り添えばお互いを完全に理解できるのだろうか。そして孤独を癒すことは可能なのだろうか。人生を突然襲う受け入れがたい現実への心の準備など、誰も教えてくれない。まぼろしを見た意味を、砂浜で嗚咽し、走り抜けるランプリングが体言している。ラストシーンの余韻は深く透明だ。人間の絆と孤独を描くドラマはオゾンの新境地。喪失と受容は時間をかけて染み渡る。

□2001年 フランス映画 原題「Sous le sable」
□監督:フランソワ・オゾン
□出演:シャーロット・ランプリング、ブリュノ・クレメール、他

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