小さな中国のお針子 [DVD]小さな中国のお針子 [DVD]
◆プチレビュー◆
文革時代の中国ではお針子が仏文学に啓蒙される。一方、ゴダールの「中国女」は、毛沢東思想に傾倒する仏人学生が主人公。隣の芝生はやっぱり青い。

1971年の中国。文化大革命の嵐が吹き荒れる中、ブルジョアで知識階級の息子のマーとルオの二人は再教育のため、四川省の山奥へ送られ厳しい肉体労働を課せられる。全ての文明から隔離されたようなその場所で、彼らは村で唯一の仕立て屋の孫娘である美しいお針子に出会い、たちまち恋に落ちる。二人は彼女のために、隠してあった禁書であるフロベールやユーゴーなどの西欧文学を読み聞かせることを思い立つ。

都会育ちの二人の青年と、文字も読めない美少女との恋。物語は三角関係に陥りそうだが、実はそうはならない。文革という尋常ならぬ時代を背景にしつつも、時間が止まったような美しい山岳地帯の自然と、そこに暮らす人々の営みが、素朴に、時にはユーモラスにスケッチされる。新しい思想に触れた少女が自由を知る姿を描いた本作は、単なる文革批判とは一線を画した詩情豊かな秀作。美しいお針子を目覚めさせたのは、かの文豪バルザックだった。

知識人が文明から隔離される苦痛はF.ロージの「エボリ」を、本を禁じる設定はF.トリュフォーの「華氏451」を連想するが、この映画の主人公達は若き10代。悲壮感は少なく、むしろ浮世離れした寓話の様な趣を感じさせる。お針子が水から姿を現す場面、水中での官能的なラブシーンなど映像的にも見所が多い。霧に霞み幾重にも重なる緑の山々に響き渡るモーツァルト。バイオリンで奏でるその曲を「毛主席を讃える歌」と村人に説明する機転が笑える。デュマの物語を聞いた仕立て屋の老人が、見た事もない海をイメージしてマリンルックを作ってしまうのも痛快なエピソードだ。

「ゴリオ爺さん」「谷間の百合」等で知られるバルザックがお針子のお気に入り。なぜバルザックかと問われると、女性の美についてとてもよく書かれているからと答える。既に彼女は変わり始めていたのだが、青年たちはその事に気付くのが遅すぎた。

文学に触れて読み書きを学び、自我に目覚めた彼女は、ルオを愛し、更に自由を愛することを学んでいた。ルオとマーの中に無意識にある、都会の知識人の小さな優越感など軽々と飛び越え、夢を抱いた彼女は、強い意志である決断を下す。長い髪を切って未来を見据えるお針子を、誰も止めることはできない。

時が流れ時代は変わり、ルオとマーはフランスと上海で成功しているが、ある日テレビで、青春時代を過ごしたあの村がダム建設で水没することを知る。お針子を愛しながら言い出せなかったマーは再び村を訪れ、紙の船を水に流す幻想的な祭りに参加するが、切ない想いを残して消えたお針子の姿は、無論そこにはない。だが、雲の合い間に見る山の姿はあの頃と少しも変わらず壮麗だ。

お針子を導いたのはバルザックだが、一冊の本が人間の人生を大きく変え、未知の世界へと誘う素晴らしさに無限のパノラマを見た。少女に名前はなく、ただ“お針子”とだけ呼ばれることで、彼女は普遍的な存在となる。ラストシーン、水はミシンと瀟洒な香水のビンをのみ込み、水中では、バイオリンを弾くマーと本を読むルオ、笑顔のお針子の3人の楽しげな姿が見える。湖底に消える村はやがて忘れられるだろう。文明は彼らの青春の日々を暴力的に奪い、かけがえのない美しい記憶は、永遠に水の中に封印されてしまうのだ。

□2002年 フランス映画(中国語)
□原題「Balzac et La Petite Tailleuse Chinoise」
□監督:ダイ・シージェ
□出演:ジョウ・シュン、チュン・コン、リィウ・イエ、他

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