アマデウス ― ディレクターズカット スペシャル・エディション [DVD]アマデウス ― ディレクターズカット スペシャル・エディション [DVD]
◆プチレビュー◆
追加された部分は充分に素晴らしく、それにより作品に遜色が生じることなど決してない。加えてDC版は音の良さもある。それでもなお、未公開シーンがなくともきちんと辻褄があっていたオリジナルの完成度を思うと、やはり84年版が究極に研ぎ澄まされた形だったのだと改めて感じてしまう。

天才音楽家モーツァルトの謎の死を、同時代の宮廷作曲家サリエリの殺害説という大胆な仮説のもとに描く文芸大作。物語は、自殺未遂を図った老サリエリの回想形式で語られる。それは、一人の天才の才能に嫉妬し、狂気へ駆り立てられる男の想像を絶する告白だった。オリジナルは84年にアカデミー賞最優秀作品賞を始め、8部門を受賞し、ゴールデン・グローブ賞やセザール賞など数々の栄光を手にした不朽の名作。監督自らが編集を行ったディレクターズ・カット(DC)版は、20分の追加映像に加え、音声をデジタルでリミックス。より音響的に完成されて再登場している。

この映画のオリジナル版を初めて観た時の感動は、今でも忘れない。詳細な時代考証に基づく演出、無駄の無い脚本、素晴らしい音楽、深みのある俳優陣。どれをとっても一級品で、贅沢で完璧な映像は、傑作と呼ぶのに相応しく、80年代を代表する名作と断言できる。音楽シーンはデジタル処理された以外はオリジナルと全く同じで、追加された箇所は前半のドラマ部分に集中している。サリエリの陰謀により経済的に追い詰められるモーツァルトや、サリエリがモーツァルトの妻コンスタンツェを侮辱するシーンなどにより、観客は、終盤の人間的な葛藤や確執をより明確に理解出来る。

もともと舞台作品として書かれたこの物語は史実ではない。しかし丹念な考察に基づいて生まれたフィクションはアイデアに溢れ、奇跡的に歴史と符合してしまう。宮廷作曲家サリエリは自らは権力の座にいながら、同時代の天才音楽家モーツァルトに強く嫉妬していたのは、音楽史上知られた事実。しかし、なんといってもこの映画によって、大半の人が名前さえ知らなかったアントニオ・サリエリという人物を世の中に知らしめることになったのが、フィクションから生まれた最大の奇跡と言える。

わずか35年の生涯で626の作品を生み出した天才モーツァルト。彼の生涯には謎が多いが、ここでは好色で下品で幼稚、生活能力のない若者として描かれる。それなのにほとばしる音楽の才能はどうだ。しかも時代の転換期特有の新しいバイタリティに満ちているのだ。当時の人々の目には、とらえどころのない天才と映ったことだろう。時の皇帝は彼の才能を愛でるというよりも、教会権力への対抗のための武器として、彼の音楽を政治的に利用した向きが強い。しかし、サリエリだけは違った。彼はただ一人自分だけがモーツァルトの音楽の真の偉大さを理解すると自負していた。だからこそ狂おしいほど嫉妬するのだ。彼の音楽を死ぬほど愛しながらもたまらなく憎い。まことに愛憎紙一重の感情とはこのことか。

サリエリはモーツァルトのオリジナル楽譜を見て、1小節ごとに打ちのめされる。自分の才能のなさを知り、その絶望は神への怒りに変わった。いったい何故彼なのだ?自分は善人だがモーツァルトは?芸術の世界に善など無意味なことを彼は知らない。そして、遂に自分ではなくモーツァルトを選んだ神と決別し、復讐することを誓う。それがモーツァルト殺害計画だ。サリエリの、神との対話という演出スタイルが、例えようもなく見事だ。

こう書くと、天才モーツァルトと凡人サリエリの確執を描く人間ドラマと宗教が核のようだが、実は違う。確かにドラマも素晴らしいが、この映画の本当の主役は音楽そのものだ。もはや一人のキャラクターと言ってもいい。映画の常識では目に映るものが最も大切なのだが、この映画では、音そのものが主役。それはクライマックスでのレクイエム作曲場面ではっきりと示される。ベッドに横たわったモーツァルト、椅子に座ったサリエリ。主人公達は殆ど動かず、セリフは音楽用語ばかりだ。しかし、彼らによる共同作業の場面は、鳥肌がたつほど素晴らしく、音楽を最大限に引き立たせる演出が施されている。楽曲を分解した状態で完璧に頭の中で構築していく瀕死のモーツァルトの非凡な集中力と、それをただ口述筆記するサリエリというコントラストは極めて残酷だが感動的。芸術という名の神の声が五線譜の上で完成されていくこのシーンは、舞台では限りがある演出スタイルを、映画が完全に凌駕した忘れがたい名場面だ。

18世紀の面影が最も色濃く残るプラハで撮影された本作は、当時共産圏だったチェコスロバキアの様々な規制を受けながら製作されたもの。時代を超えたストーリーと心血を注いだ華麗な映像は、亡命者として祖国チェコを離れたフォアマン監督の渾身の作品と言えるだろう。ラストに流れるピアノコンツェルトは、満たされぬ切ない想いが溢れている。最後まで、全ての感覚を研ぎ澄ませて堪能したい傑作だ。

□2002年 アメリカ映画 原題「AMADEUS DIRECTOR'S CUT」
□監督:ミロス・フォアマン
□出演:F・マーリー・エイブラハム、トム・ハルス、エリザベス・ベリッジ、他

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