長江哀歌 (ちょうこうエレジー) [DVD]長江哀歌 (ちょうこうエレジー) [DVD]
◆プチレビュー◆
三峡ダム建設現場を訪れた男女を通して見る現代中国の姿。水没する景勝地の貴重な記録としても価値がある秀作。 【80点】

 世界最大の三峡ダム建設のため、水没する運命にある長江の奉節(フォンジェ)。ハン・サンミンは、16年前に帰郷した妻子を探すためにこの古都にやって来た。一方、看護婦のシェン・ホンもまた、音信不通の夫を捜しに来るのだが…。

 長い長い中国の歴史の中でも三峡ダム建設は、万里の長城以来の国家的大事業。水を湛えた巨大ダムが完成すれば、立ち上る水蒸気でアジアの気象までも変わると言われているのだから、その規模の大きさが伺える。そんなビッグ・プロジェクトの中、映画は名もない個人を淡々と描き込む。そうすることで、国家や世界がじんわりと見える仕組みだ。物語は、タバコ、酒、茶、アメの4つにパートに分けて語られる。どれも庶民の日常に根ざした平凡なものばかり。人々が互いに差し出しあい、関係を深める手助けをするこれらの価値は失われ、残るのは個人の閉塞と格差社会の現実のみだ。4つの嗜好品の役割は、巨大ダム建設というイデオロギーに取って代わられる。世界一のダムは、はたして精神的支柱になりえるのか。ジャ・ジャンクー監督は、発展と変化の中で取り残される人々を、美しい映像の中に静かに収めた。時に眠気を誘うほどゆったりと流れるカメラと印象的な音楽が至福の時へと誘ってくれる。

 映画で印象を残すのは、あらゆる局面で顔を出す“対比”だ。その日暮らしの日雇い労働者と共に働くサンミンと、開発で冨を得た人々と出会うホン。李白の詩にも登場する絶景の景勝地と、建物をブチ壊す工事現場の瓦礫の山。古いものへの愛着と、新しいものへの希望。それら全てが、今、ここでしか得られない貴重な映像からしみじみとあふれ出る。善も悪もごちゃまぜになりながら、したたかにそこにあるのだ。その証拠に、住人や出稼ぎ労働者たちは、やけっぱちになりながらも、自分自身の日常のドラマに向き合って奮闘している。チョウ・ユンファに夢中の若者もいるし、怪しげなポン引きの商売も結構繁盛している。立ち退きによる保障金の駆け引きだって裏で必死に行っているに違いない。山水画の幽谷の美の空間でも、不似合いな携帯電話の呼び出し音が容赦なく鳴り響くのだ。街の水没は死刑宣告と同じだが、それでも「生」は輝いている。

 サンシンの妻はのっぴきならない借金を抱え込み、ホンの夫には愛人がいた。2人の男女のエピソードは最後まで交わらず、観客をとまどわせるが、彼らこそ激変する中国の目撃者である。経済成長と自然破壊に翻弄される庶民の日常を見つめる監督のまなざしは、細やかだ。「プラットフォーム」や「青の稲妻」の頃は、何とも垢抜けない作風が好きになれなかったが、本作の雄大な風景の中に漂う哀愁とほのかなユーモア、達観した視点には心から感心した。退屈すれすれの幽玄の世界に、ジャ・ジャンクーの、引いては中国映画の懐の深さを見た気がする。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)資料的価値度:★★★★☆

□2006年 中国映画 中国語原題「三峽好人」英語原題「STILL LIFE」
□監督:ジャ・ジャンクー
□出演:チャオ・タオ、ハン・サンミン、他
□ベネチア映画祭金獅子賞受賞

人気ブログランキング用バナー

←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/