ベオウルフ/呪われし勇者 劇場版 [DVD]ベオウルフ/呪われし勇者 劇場版 [DVD]
◆プチレビュー◆
最古の叙事詩と最新の技術が出会った伝説の英雄物語は、因果応報を思わせる。虚と実の狭間の映像が独特。 【60点】

 6世紀のデンマーク。怪物グレンデルを退治するべく勇者ベオウルフが海を越えてやってくる。壮絶な死闘の末に勝利するが、そこには怪物の母の恐ろしい誘惑と呪いが待っていた…。

 奇妙な違和感が漂う映画である。「何かがヘン…」と落ち着かない気分が、まとわりついて離れない。まずはその映像の質感だ。ロバート・ゼメキス監督は「ポーラー・エクスプレス」でモーション・キャプチャーという技術を披露したが、本作はそれをさらに緻密に進化させたパフォーマンス・キャプチャーというもの。センサーを付けた役者の演技をコンピューターに取り込み、自由に加工してグラフィック化する新媒体のCGアニメだ。本物の俳優に薄気味が悪いほど似ている顔つきとは裏腹に、動きはどこかぎくしゃくしている。荒々しい英雄物語であるはずの本作の映像を見たとき、私は奇しくも、シュレックが「300(スリーハンドレッド)」を演じているような錯覚を覚えたものだ。カッコいいのか、可愛いのか、気持ち悪いのか、どうにもハッキリしない。一方、人間とは異なるクリーチャーの造形は、迫力かつゴージャスなもので目を見張る。違和感の理由のひとつは、この曖昧さに満ちたビジュアルだ。

 不可思議な映像に何とか慣れた頃、次なる違和感がやってくる。物語がこれまた奇妙なものなのだ。原作は、英語で書かれたものとしては最古の叙事詩。「指輪物語」のトールキンが評価するまでは、欠点の多い荒唐無稽な冒険物語と捉えられていた。作者不明のその詩で省略されている細かい描写を、映画では大胆な脚本で自由に埋めている。直情型のベオウルフは、乳離れしてない怪物グレンデルと闘うに当たり、突如“脱ぐ”。理由は「怪物相手に剣は通用しない」というもの。それならば剣を置くだけでいいのでは…と言いたいが、そんなことはお構いなしで素っ裸で大暴れする。目のやり場に困るというより、この映画の方向性を見失いそうで動揺した。もしかしてギャグなのか?!気を取り直して物語に戻ってみると、部下の半数を失う大乱闘の末に、手負いの怪物を取り逃がすというていたらくではないか。だが瀕死の怪物とその母を退治しに洞窟へ入ったときこそ、本当の呪いの時だった。怪物の母は、ベオウルフへの復讐に燃えつつ、彼を誘惑。沼からぬうっと現れる美女は全裸でしかも金色だ。素足のかかとに生えたヒールがちょっとクールだが、どこから見ても怪しい。この母を怪演するのが、最近、セクシュアリティのありかが不明瞭なアンジェリーナ・ジョリーである。いささか思慮に欠ける勇者ベオウルフは、この子持ち女が提案する、権力と冨の誘惑に負けてしまう。所詮この世は色と欲なのか。最古の叙事詩に漂うアイロニーには、北国特有の暗い思想を感じてしまう。モラルに欠ける英雄というキャラも、矛盾に満ちていて興味深い。物語は、呪いの約束から、一気に老ベオウルフのドラゴン退治へ。省略と飛躍も違和感の正体だった。

 さて、この風変わりなファンタジーを見て頭に浮かぶのは、映画の本質とは?という疑問だ。いきなり大げさだが、結局、映画というのは、虚と実の間を揺れ動きながら存在しているもののような気がするのだ。この作品は、リアルとバーチャルの間の奇妙な感覚をすくい取っている。178センチの小太りのレイ・ウィンストンを198センチの引き締まったマッチョなベオウルフに変えてみせるゼメキスの手腕はどうだ。いかがわしい錬金術のような楽しさは、映画の醍醐味のひとつ。この作品も、叙事詩などと固いことは考えず、ファンキーな珍作として味わってみてはどうだろう。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)因果応報度:★★★★★

□2007年 アメリカ映画 原題「BEOWULF」
□監督:ロバート・ゼメキス
□出演:レイ・ウィンストン、アンソニー・ホプキンス、アンジェリーナ・ジョリー、他

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