映画レビュー「潜水服は蝶の夢を見る」
潜水服は蝶の夢を見る 特別版【初回限定生産】
◆プチレビュー◆
20万回のまばたきで自伝をつづった伊達男の物語は感動の実話。圧倒的に美しい映像に酔いしれる。 【90点】
3人の子の父親で一流モード誌ELLEの編集長ジャン=ドーは、突然の脳梗塞で左のまぶた以外の自由が効かなくなる。彼の意識が鮮明なことを知った言語療法士アンリエットは、まばたきによって意思を伝える方法でジャン=ドーを導いていくが…。
まるで詩のようなタイトルに心を奪われる。潜水服は体の自由がきかない様子を、蝶は体は動かなくても自由に舞う想像力を意味する。シリアスな状況にも係わらず、不思議なユーモアを漂わせるこの映画の主人公は、ジャン=ドーこと、ジャン=ドミニク・ボビー。原作は、彼自身が20万回のまばたきでつづった驚異の自伝小説だ。映画は、まぶしいほどの希望にあふれている。
言語療法士が仏語で使用頻度の高い順にアルファベットを読み上げ、単語をつづるという方法は、気が遠くなりそうに根気がいる作業だ。「はい」は1回、「いいえ」は2回のまばたき。極めて原始的ながら確実なこの意思伝達法が、周囲の人々を巻き込んでのワークショップになったことが興味深い。目的は会話と自伝の執筆だが、この体験を共有した人々は、生きる意味を突きつけられる。ジャン=ドーとのコミュニケーションは自分の不確かな運命をみつめることなのだ。その問いかけは妻も愛人も子供たちにも同様に作用する。病気になる前のジャン=ドーは、仕事も遊びも超一流のリッチなチョイワルおやじだ。完璧な成功者で、ちょっと鼻持ちならないヤツに思える。だが彼が、真の“一流”を見せつけたのは、体の自由と言葉を奪われてから。左目しか動かない男が、強靭な精神力と豊かな想像力で、全身全霊で生きてみせる。この姿を見て感動しない人間などいない。
主人公の生き様は大きな驚きだが、これを映像化するセンスと才能にも同じくらい驚く。本職が画家のジュリアン・シュナーベルの美意識は、スピルバーグ作品で知られる名カメラマンのヤヌス・カミンスキーを得て、ますます冴え渡った。カメラは左目を一人称とし、ジャン=ドーの状況を観客に追体験させる。最初は限られた範囲で不自由に、やがてさなぎが蝶になって羽ばたくように自由に。主人公の状況や心情が映像とリンクするひらめきのある演出は、今まで見たこともないほどユニークで、まさにアーティストのものだ。溢れる色彩、フレームから大胆にはみ出す人物、ぼやけた映像と鮮明な映像の絶妙な配分。過去の思い出や引用映像も、美しいが決してセンチメンタルではない。従来の映画文法の制約を受けず展開する、独特のカメラワークが魅力的だ。同時にこれら映像のコラージュは、アートでありながら物語をきちんと伝えることを忘れない。ここにシュナーベルの映画作家としての才能がある。
ジャン=ドーの病気は、閉じ込め症候群(ロックト・イン・シンドローム)と呼ばれる難病だ。一度は死にたいと願った彼が、「もう自分を憐れむのはやめた」と決め、魂の旅を始めたとき、彼の存在は永遠となった。ラストはたまらなく切ないが、人間の生命力をこんなにも美しく描いた作品を私は他に知らない。極限状態においてなお、人は輝くことができると教えてくれる、宝物のような映画だ。
(シネマッシモ評価:★5つが満点)映像美度:★★★★★
□2007年 仏・米合作映画 原題「LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON」
□監督:ジュリアン・シュナーベル
□出演:マチュー・アマルリック、マリー=ジョゼ・クローズ、マックス・フォン・シドー、他
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
国外のこととはいえ、同業者が出てくるこの映画のことが気になっていました。やっぱり素敵な映画なんですね。
ぜひ見に行きたいと思います!
まだまだマイナーな職業ですが、日本にも1万人以上の言語聴覚士がいます。この映画のよさとともに、言語聴覚士にもほんの少し、光が当たればいいな〜と思っています。
日本で言語聴覚士と呼ぶこと、知りませんでした。…というか、私は恥ずかしながら言語療法士という職業を、この映画で初めて知りました。でもこの映画で、必ず注目される職業だと思いますよ。映画では主人公のコミュニケーションを助けますが、それはすなわち彼の命を助けたことと同じ意味を持ちます。時に励まし慰め、時に叱咤しながら、ものすごい根気で仕事をする言語療法士たちには心から敬意を表します。しかも美人なんですよぉ〜!
映画は今日2/9封切で全国順次公開されます。ご覧になったら、プロの言語聴覚士さんの立場から、ぜひ感想を聞かせてくださいませ。映画としても素晴らしい出来栄えなんですよ。私は職業柄、1年間に劇場公開新作映画を約300本、旧作の初見の作品も含めると500本以上の映画を見ますが、この作品は、2008年マイ・ベストテン入り当確です!
映像が本当に素晴らしくて見入ってしまいました。
ただ、言語聴覚士であるわたしにとって、
ストーリーは「日常そのもの」だったのです。
若くして重い障害を負ってしまうこと、
ごく限られた手段でしかコミュニケーションが取れなくなってしまうこと、
少しずつ回復していくと思っていた矢先に亡くなってしまうこと・・・。
これらは多くの方にとってはすごくドラマチックなのでしょうが、
わたしにとってはごくごく日常的なことなのです。
でも、その「日常」で感銘を受けてくださる方がいらっしゃるということで、
わたしは自分の仕事にもっと誇りを持っていいのではないか?と思いました。
奢らず、でも誇りを持って、患者さんのことを支えていきたいと思います。
私、このコメントを読んで思わず目頭が熱くなってしまいました。素晴らしい職業ですよ、言語聴覚士というお仕事は!
でも、きなこさんにとって“日常”という部分、ちょっとショックでした。私は、ジャン・ドーの病状はかなり特殊なことだと思ってました。特に回復する矢先に亡くなるということが、日常的なことだなんて…。
貴重なコメントを本当にありがとうございます。ここは新作映画レビューが中心ですが、旧作も取り扱ってます。ぜひまた遊びに来てください。お待ちしています。
この芸術肌の監督と、職人的な撮影監督との組み合わせは、とてもよかったと思いますね。


メールはこちらから↓