ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション
◆プチレビュー◆
暴力的なのに抗いがたい魅力がある逃亡/追跡劇。コーエン兄弟独特のノワールな笑いが彩りを添える。 【90点】

 80年代のアメリカ・テキサス。砂漠でハンティング中だったモスは、偶然に、死体の山と麻薬、現金200万ドルを見つけ、危険を承知で現金を奪う。必死で逃亡する彼を追うのは冷徹な殺し屋シガー。モスを救おうと、老保安官ベルも動き始めるが…。

 初めてお目にかかるタイプの映画だ。空虚なのに内臓の深い部分をえぐられる感じがして、見終わった後いつまでも心をザワつかせる。原作は、コーマック・マッカーシーの「血と暴力の国」。映画を見てすぐにこれを読んだ私は、改めてコーエン兄弟の才能に感服した。小説は独特の乾いたタッチだが、映画にはさらに絶妙なユーモアが加味されている。原作と映画は別物というのが私の持論だが、この映画のように優れた小説を扱うときは、細心の注意と敬意が必要だ。意味のある作品にするためには、映像メディアならではの“言語”が求められる。そして、本当に才能がある映画人だけが、その難しい要求に応えることが出来る。

 何しろ、ハビエル・バルデム演じる几帳面で異常な殺し屋シガーの存在感がもの凄い。おかっぱ頭、黒い服、武器は高圧ボンベ付きの家畜用スタンガン。外見だけでも不気味きわまりないが、中身はもっと恐い。非情とはシガーのためにある言葉だ。彼は人殺しに快楽も苦悩も感じていない。殺人という作業を淡々と確実に、礼儀正しく片付ける。過去はいっさい不明で、彼がどこから来てどこへ行くのかは何の説明もない。必要な言葉以外は発しないシガーという存在は、つまるところ「運命」ということになろう。理解不能な運命は、世界中のどの場所にもどの時代にも存在するが、とびきり理不尽なそれは、アメリカにこそ良く似合う。どこかで正義を信じている昔気質の老保安官ベルが、深いため息をつくのも無理のない話だ。

 時代に取り残された実直な保安官ベルが、法の名のもとに殺し屋を追い詰めることができると思ったのと同様に、麻薬がらみの大金を持ち逃げしたモスも、ベトナム戦争の地獄を生き抜いた自らの経験値から、逃げ切れると踏んでいた。この“過信”が、物語を転がしている。米国社会の病理のような逃亡劇は、テキサスからメキシコ国境へ。彼らが通った後には、死体の山が出来ている筋書きだ。運悪くシガーという名の運命に少しでも触れたら、その人間の末路は決まる。

 何もかも超越したピュアな悪意を、どう受け止めればよいのだろうか。この映画を見た後は誰もが不安になり、答を探すだろう。アメリカの闇を見る。現代人の嘆きを聞く。はたまた暴力は無意味なのだと訳知り顔で悟る。さまざまな解釈が可能だが、ひとつ読み解く鍵があるとすれば、シガーが雑貨屋の店主相手に行うコイン投げではなかろうか。「賭けに勝ったら何をもらえるんですか?」と問う老人に「おまえは全てを手に入れる」と哲学者のように告げるシガー。一見、遊んでいるように見えるが、生真面目な“絶対悪”は、物事に不確定性原理、すなわち偶然を加えているのだ。そのゆらぎさえ支配できるかのように。私たち人間は、図らずもコインの賭けに乗ってしまっているのではないか。そして、とっくの昔に勝負に負けているのではないか。暗黒神話のようなこの映画の主題はそこにあると見る。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)インパクト度:★★★★★

□2007年 アメリカ映画 原題「NO COUNTRY FOR OLD MEN」
□監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
□出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、他

人気ブログランキング用バナー

←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/