マイ・ブルーベリー・ナイツ スペシャル・エディション
◆プチレビュー◆
世界一おいしいブルーベリー・パイに恋の予感がする。心地よい浮遊感とスタイリッシュな映像に酔いしれよう。 【65点】

 失恋したエリザベスは、カフェのオーナー、ジェレミーとの会話と彼の焼くブルーベリー・パイに癒されるが、どうしても恋人が忘れられず、新しい恋に踏み出せない。彼女は、NYからメンフィス、ラスベガスへと自分探しの旅に出るのだが…。

 快適なとりとめのなさとでも呼びたいウォン・カーウァイの作品は、映画全体よりも、断片的な時空間のイメージがいつまでも残る。これを“おしゃれ”のひと言で片付けるのは惜しい。だが、カーウァイ映画を味わうのに理屈は必要ないのだ。ドリーミーで不思議な映像にセンスのいい音楽が重なり、物語は流れていく。観客はただその流れに身を任せる。これが正しい鑑賞法だ。初の英語作品である本作では、グラミー賞受賞シンガーのノラ・ジョーンズを主役に起用。彼女が演じるのは、失恋の痛手から立ち直れない女性エリザベスで、少女の面影を残す彼女が旅で成長し、もと居た場所へと戻るという「青い鳥」的なストーリーである。香港からアメリカに舞台を移しても、音へのこだわりと無国籍なムードはそのままだ。

 NYを離れたエリザベスは、時折、ジェレミーに近況を知らせる手紙を送るが、ジェレミーは旅暮らしの彼女と連絡を取ることができない。この物理的な距離が二人の心を近づける演出がユニークだ。捕まえられそうになるとスルリと逃げる小鳥のようなエリザベスにジェレミーは虜になってしまう。このあたり恋愛心理を実に鋭くついているが、それをサラリと描くのがカーウァイの音楽的な感性なのである。

 生々しさを感じさせないのは、ヒロインの描写にも顕著だ。エリザベスは、メンフィスで傷つけ合う夫婦のやるせない愛情を知り、ラスベガスで人間不信の女性ギャンブラーと出会う。周辺の人々の心の傷や優しさは、実力ある俳優たちによって丁寧に描かれるが、主人公の人間描写は極めて希薄だ。旅での出来事も彼女の心の成長を想像させるに留まり、直接的には影響しない。ダイナーの乱闘騒ぎが、監視カメラごしに映されるように、何事も付かず離れずの距離で見せるのが心地よさの秘密だ。物語より感性を優先させ、観客がイメージと戯れることをカーウァイは許してくれる。

 得意のMTV的な映像は健在だが、かつて「花様年華」で見せた濃密な空間とは真逆の、背景の広がりが本作の見所。スコープサイズのスクリーンに映し出されるのは、ロード・ムービー特有の開放的な空と果てしなく続く道路だ。典型的なアメリカの風景であるはずなのに、どこか異空間に見えてしまうのは、カーウァイ自身が、ここではないどこかを常に夢想している映画作家だからだろうか。

 独特の浮遊感がクセになるカーウァイ映画だが、今回特に印象的なのは、この作品を端的に表している、美しいキス・シーンだ。旅を終えてNYに戻り、唇にアイスクリームをつけたままうたた寝するエリザベスに、カウンター越しにそっとキスするジェレミー。紫色のブルーベリーと白いクリームが混じりあうように、ようやく二人は触れ合うことができた。それを見るとこの物語は“邯鄲の夢(かんたんのゆめ)”のような気がしてしまう。すべてヒロインがカウンターの上でまどろんだ間に見た、はかない夢だったのではないか。カーウァイの映画ならそんな解釈も悪くない。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)夢見心地度:★★★★★

□2007年 フランス・香港合作映画 原題「MY BLUEBERRY NIGHTS」
□監督:ウォン・カーウァイ
□出演:ノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウ、デイヴィッド・ストラザーン、他

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