悲しみが乾くまで スペシャル・エディション [DVD]悲しみが乾くまで スペシャル・エディション [DVD]
◆プチレビュー◆
デンマークの俊英女性監督がハリウッド進出。喪失感を抱えた男女の感情を描く静かな人間ドラマだ。 【70点】

 美しい主婦オードリーは平凡だが幸せに暮らしていた。だが突如、夫のブライアンが事件に巻き込まれ死亡する。どうしても彼の死を受け入れることができない彼女は、夫の親友で麻薬中毒に陥っているジェリーを思い出し連絡を取るのだが…。

 デンマークのスサンネ・ビア監督は、秀作「アフター・ウェディング」などで、その実力は証明済み。ハリウッド・デビューとなる本作でも、小手先の技術や派手なアクションに頼らず、商業路線の映画とは異なる質感を感じさせた。喪失感にからめとられた男女が懸命にもがく姿は「ある愛の風景」のテイストに極めて近い。

 その力強さと揺るぎない演出はどこから来るのか。何気ない日常からハードな展開になるのがビア監督の持ち味だが、この人は私たちの平凡な人生がとても脆い土壌の上に立っていることを知っているのだ。突然、愛する家族を失うことや、ふとした誘惑からドラッグに溺れ堕落していくことは、誰にでも起こり得る。そしてそれが、私たちの幸せを暴力的に奪うことを改めて突きつける。

 オードリーは、ずっとジェリーのことが好きになれなかったが、幸せをもぎ取られて初めて、人間の弱さや脆さを理解し始める。ジェリーもまた、必要とされる自分を見出し再生を決意した。心理描写はオードリーの側を重視していて、幼い息子に泳ぎを教えたり、行方不明になった娘が映画館にいたことを知るジェリーに嫉妬する形で描く。助けが必要なのは、麻薬中毒の彼ではなく、物質的に恵まれた暮らしをおくるオードリーの方なのだ。心の充足を渇望する平凡な人間。これが二人の共通項である。

 このように、繊細でごまかしの効かない演技を要求する監督の熱意に、ベリーとデル・トロというオスカー俳優が気合の名演で答える。特に、稀代の怪優デル・トロのリアルな麻薬中毒演技に圧倒されるが、鬼気迫るデル・トロに、ベリーは「あなたが死ぬべきだった」と、ナイフのような言葉を静かに吐いたりするのだ。相討ちになりかねない二人の奇妙な共同生活は、悲しみが沸点に達した時に新たな局面を迎える。

 物語をセリフより雄弁に語るのは、独特のインパクトのある映像だ。突如アップになる、顔、瞳、指先。ポッカリ空いた心の穴を、主人公たちがベッドに横たわる危うい演出で見せながら、耳をひっぱるという個性的な官能描写で描いたのには驚いた。完璧な美女ハル・ベリーをありきたりにカメラに収めず、耳たぶを大写しにしてみせるとは。セックスではなく、ただ体をからめて横たわる男女の姿は、彼らの心がいかに冷え切っていて安らぎを欲しているかを表して、非凡な演出である。

 この映画の個性は、繊細な人間性の中にふと混じる荒々しい感情だ。物語は安易な恋愛の方向へは向かわず、登場人物たちにある種の平安をプレゼントして静かに終わる。過去の作品に比べて、少々甘さを感じるラストなのだが、ビア監督がハリウッドとの妥協点を探ろうとしている姿が見えた。この才人の今後を見守りたい。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)喪失感度:★★★★☆

□2008年 アメリカ映画 原題「THINGS WE LOST IN THE FIRE」
□監督:スサンネ・ビア
□出演:ハル・ベリー、ベニチオ・デル・トロ、デヴィッド・ドゥカヴニー、他

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