ぐるりのこと。 [DVD]ぐるりのこと。 [DVD]
◆プチレビュー◆
個人と社会の両方が壊れていく時代の中、決して離れない一組の夫婦。丁寧な人間描写が光る。 【90点】

 画家のカナオは定職さえないがのんびりした性格。一方、妻で出版社勤めの翔子は几帳面なしっかり者だ。対照的な二人は、それでも幸せに暮らしていたが、初めての子供を亡くしたことから翔子の精神はバランスを失っていく…。

 現代の人間関係は、希薄で実態がつかめない。そんな時代に、人ときちんと係わることは面倒に思える。だが同時に、愛おしい側面も確かにある。この映画は、煩わしいと感じるとすぐに人間関係を断ち切ってしまう価値観に、それでいいのか?と静かに問いかけているようだ。私たちの周辺(ぐるり)では、個人的な風も吹けば社会全体を破壊する嵐も起こる。ミクロとマクロは直接的に繋がらなくても不可分にブレンドされ、そこにある。

 そのことを表すのが、この作品の語り口だ。夫婦の歩みを縦軸に、犯罪から見る世相を横軸に描いていく。法廷画家の仕事を始めたカナオが目撃するのは、90年代に起こった連続幼女殺害事件や地下鉄サリン事件など。心を病んで苦しむ妻と、理解不能な悪意で日本中が“うつ状態”の時代は、不思議なほど重なって見える。だが映画は、狂った社会を糾弾するものではない。

 物語の中心にあるのは、どんな時も切れることがない夫婦の絆だ。彼らは決して完璧な人間ではない。思い詰める性格の翔子は、女としての幸せの象徴の子供を亡くした時から心が壊れてしまう。カナオはと言えば、生活力に欠けるだらしない男だ。だが、妻の精神が修羅場に直面した時、なんだか頼りなげに思えた夫が、実は強風になぎ倒されてもしなやかに起き上がる葦(あし)のような人間だと分かる。自分の無力を知るカナオは、翔子を決して責めず、ただそっと寄り添った。この優しさが、まるで空気のようにナチュラルなのだ。過去に家族の不幸を経験したカナオは、悲しみとのつきあい方を知ったのだろう。それは愛する人を見捨てないという彼の生き方のランドマークにもなっている。

 そんなカナオを自然体で演じるリリー・フランキーが実にいい。見る前は、なぜ本職の俳優ではなく彼なのか?と疑問に思ったが、見終われば、彼しかいないと心から感じていた。翔子を演じる木村多江の鬼気迫る演技との対比も鮮やかだ。このキャスティングを実現させた橋口監督自身、うつ病を患った経験がある。そのせいか、心理描写のディテールが実にリアルで、うそがない。

 平凡な一組の夫婦が望んだのは、ささやかな希望の灯(ともしび)だ。「なぜ私といるの?」と病んだ翔子が尋ねる。ヒョウヒョウとしたカナオは「好きだから。一緒にいたいと思ってるよ」とサラリと答えた。この言葉が、翔子の心に再生へ向かう風を吹き込んでいく。心惹かれたのは、夫の仕事にも通じる、絵を描く事だ。翔子が手がけた茶庵の天井画が完成し、夫婦二人が寝転がってそれを見上げる。お互いに突つきあいながら小さく笑った。理解してくれる人がそばにいる。ただそれだけだが、幸せの意味がじんわりと分かった気がする。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)慈愛度:★★★★★

□2008年 日本映画
□監督: 橋口亮輔
□出演: 木村多江、リリー・フランキー、倍賞美津子、他

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