トウキョウソナタ [DVD]トウキョウソナタ [DVD]
◆プチレビュー◆
平凡な家族の崩壊と再生を描いたホームドラマの秀作。「月の光」のピアノ演奏に思わず涙した。 【75点】

 佐々木家は東京に住むごく普通の4人家族。だが夫の竜平はリストラされたことを妻の恵に言い出せず、長男は米国の軍隊に入ると宣言する。次男はこっそりピアノを習っている。恵は、バラバラの家族をぼんやりと見つめるが…。

 ホラーのイメージが強い黒沢清監督が、ごく普通の家族を題材にしたホームドラマに挑んだ。黒沢作品らしい緊張感を保ちつつ、時にシニカルな笑いもまじえた家庭劇には、現代日本の混沌とした空気が投影されている。

 どこか息苦しい家族の物語を大きく包み込むのは、母親の恵の視線だ。彼女は家族の要だが、中心になって皆をまとめたりはせず、夫や子供から一定の距離を置き、クールにたたずんでいる。女としてもう若くはないが、すべてをあきらめてしまうほど年老いてもいない。中途半端な彼女の立ち位置は、幸も不幸も受けとめるペナルティーエリアのよう。不協和音を奏でる家族の中で、恵こそ最もいびつな音を秘めた旋律ではなかろうか。

 そんな彼女が事件に巻き込まれたことで、物語は突如、外側へ向かって転がりはじめる。閉塞感に満ちた前半と対比する後半の動的な展開は、まったく先が読めなかった。佐々木家に強盗が押し入り、恵は強盗の顔を見たために家から連れ出される。ショッピングモールで清掃員として働く竜平と鉢合わせるが、かたや妻に内緒での清掃作業、かたや人質状態だ。互いに驚いた夫婦がすれ違う場面は緊張感とともに微妙なユーモアが漂う。ギリギリの状態の家族を呑みこんだ池に、突然投げられた強盗という大きな石は、はたしてどんな波紋を広げるのか。ホームドラマは、にわかにサスペンスの様相を帯びていく。

 夫婦、親子、家族。それぞれの孤独を丁寧にすくい取る演出が素晴らしいが、希望を見出す手掛かりは、小学6年生の次男の健二の存在だ。父の反対を押し切り、給食費を月謝に当ててまでピアノを習う彼は、実は教師も驚くほどの才能の持ち主。もちろん健二にも悩みはあるが、それでも彼なりのこだわりと本能で、人生を模索していた。社会的弱者である子供に希望を託そうとする監督の願いは、健二がピアノで弾くドビュッシーの「月の光」に込められている。明るすぎず、暗すぎず、それでいて情感豊かなメロディーは、家族の心の傷とわだかまりを浄化し、彼らはきっとやり直せると信じさせてくれるものだ。悲しみの中から立ち上がる幸福な静寂感。そんな思いがにじむこの曲は、フェリーニの「そして船は行く」のラストでも流れていた名曲だ。

 ただし、映画は単純な希望だけを与えてはくれない。見逃せないのは、崩壊寸前の一家を救うのが、ともに偶然の産物ということだ。よく見ると、誰も家族の絆を取り戻そうとする積極的な努力はしていない。たまたま入った強盗と、降って湧いたようにプレゼントされた次男のピアノの才能。この家族を救うのは必然ではなく偶然なのだというところに、正体不明の恐怖を描き続けた黒沢清の無意識のメッセージがあるのではないか。もっとも偶然を活かせるかはその人の意思と才覚による。それらを強く象徴するのが健二が堂々と弾く「月の光」なのだ。佐々木家の物語を見ていると、絶望の中に希望を見出すことこそ人間の力強さだと教えられる。魯迅の言う“絶望が虚妄であるのは、まさに希望と同じ”という言葉が納得できる気がしてくる。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)リアル度:★★★★☆

□2008年 日本映画
□監督:黒沢清
□出演:香川照之、小泉今日子、役所広司、他

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