シリアの花嫁 [DVD]シリアの花嫁 [DVD]
◆プチレビュー◆
政治的な要素と共に、家族の普遍的な愛を描く物語。隠れた名作に出会う喜びを得た。 【75点】

 イスラエル占領下の小さな村。モナは、今日結婚するというのに浮かない顔だ。嫁ぐ先はシリア。一度国境を超えると二度と村には戻れない。決意を胸に、家族と境界線に向かうが、手続きを巡ってトラブルが発生してしまう…。

 花嫁のモナは、ゴラン高原の村に住む少数派イスラム教徒ドゥルーズ派の娘だ。1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領されて以来、ゴラン高原の支配権はイスラエルとシリア双方が主張して譲らず、結果としてそこに住む人々はどちらの国にも属さない“無国籍者”になった。このことがどれほどつらいことか想像して余りある。さらに事態を複雑にするのが、国境という存在だ。こんな特殊な状況下での結婚の背景を、さまざまなエピソードで手際よく説明していくエラン・リクリス監督の手腕に驚いた。

 作劇術の上手さは、メリハリのある人物設定にも発見できる。長女のアマルは、自立を夢見ながらも、家族のことを心配するしっかり者。親シリアで政治的に過激な父と、見守ることしかできない母。ロシア人と結婚して村を出たために勘当されている長男。次男は無国籍のまま海外で手広く商売中。末の弟はシリアの大学生だ。家族の複雑な事情が、国家間の状況と見事に重なっていく。

 そんな中、純白のウェディングドレスに身を包んだ美しい花嫁の心境は、いかばかりか。シリアに住む親戚の男性と結婚するとシリア国籍が確定し、故郷の村に帰ることも家族と会うことも許されない。事実、分断された家族は、高台に上って、遠くに相手を見ながら拡声器を使って会話するという、冗談のような場面が出てくる。普通の花嫁とは明らかに違う環境だが、それでも喜びと不安が同居する、嫁ぐ女性の揺れる感情は、多くの観客が共感できるものだ。

 物語は中東の家庭の日常生活から個性的な祝祭、緊迫する政治状況を織り交ぜながら、いよいよ国境での結婚のセレモニーへ。だがここでモナは延々と待たされる。このいきさつにこそ中東情勢のすべてが凝縮している。敵意、苛立ち、面子、駆け引き、無関心。国境線で立ち尽くす花嫁はどこへ向うのか。

 そもそも国境とは、人間が勝手に作った見えない線だ。映画のそれは家庭のガレージほどの簡単な鉄格子と掘立小屋のような建物、数人の兵士と国旗があるだけ。そんな場所に翻弄される人間たちがこっけいにさえ見える。家族の気持ちを無視し通行証の手続きがこじれる中、結婚式は延期かと思われたその時、花嫁モナは、文字通り、風のようにこの難問を解決してみせた。何というしなやかさ。何という勇気。姉のアマルはこの新しい風を予感していたに違いない。かつてアマルは娘に言った。「あなたは未来をつかむのよ」。希望を託すその言葉は、妹モナや自分自身への願いでもあった。国家の威信や政治の思惑がどうであれ、そこに暮らす人間の幸福を考えない統治に何の意味があろう。ノーマンズランド(非武装中立地点)でふり返る花嫁の表情が、今も忘れられない。この小さな傑作のメッセージは、平和への祈りにほかならない。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)家族愛度:★★★★★

□2004年 イスラエル・仏・独合作映画 原題「THE SYRIAN BRIDE」
□監督:エラン・リクリス
□出演:ヒアム・アッバス、マクラム・J・フーリ、クララ・フーリ、他

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