ディア・ドクター [DVD]ディア・ドクター [DVD]
◆プチレビュー◆
嘘と真実が入れ替わる不思議。若手女性監督のエース・西川美和監督の深い心理描写が光る。 【85点】

 山あいの村でただ一人の医者・伊野が失踪する。彼は誰からも慕われ頼りにされていただけに村中が動揺するが、捜査が進み、伊野の生い立ちや職歴などすべてが曖昧であることが分かる。やがてある嘘が浮かび上がり…。

 主人公・伊野はニセ医者だ。ミステリアスな話なのに最初からネタばれするとは!と叱られそうだが、物語のポイントは正体を暴くことではないので、あえて書く。嘘の中にひそむ真実、あるいは真実にくるまった嘘。二つが入れ替わり混ざり合う瞬間を探ることがこの映画の極意である。

 日付改ざんや産地偽装などニセモノ騒ぎは数多いが、医師免許なしの医療行為となると大問題だ。しかし捜査を進めれば進めるほど、伊野がいかに好人物で優秀かが分かってくる。高額の報酬に見合う、本物顔負けの高度な施術だって行なっていたのだ。偶然と必然が重なって、知識を身につけた結果だが、命を救ったことは事実である。しかもそこには、都会の医療現場では望めない、心の触れ合いまで存在した。僻地医療や高齢化の問題が奇麗事ではなく横たわる村にあって、患者が本当に望む生き方と死に方に耳を傾ける。この行為に資格が必要か? にわかに主人公をかばいたくなるが、コトはそう単純ではない。

 その証拠に、伊野がニセ医者だと知ったときの周囲の反応は複雑だ。村人は、伊野を素直に肯定はしないが、否定もしない。彼らにはたとえ無免許でも医者が必要だったのだ。村人よりもやりきれない気持ちを抱いたのは、若い研修医の相馬だろう。惰性の研修で訪れた僻村で充実した日々を過ごし、医者としての自覚が芽生えた彼に「ニセ医者」という事実は、まさに踏み絵だ。裏切られた悔しさとそれを口にしない巧妙さ。彼の曖昧な表情の中には、医療とは何かという、医者が一生かけて探す命題が刻まれた。

 本物と贋物という本作の通奏低音は、キャスティングからも響いてくる。ニセ医者・伊野を演じるのは、柔和な笑顔の笑福亭鶴瓶だ。この人の本職は落語家であって俳優ではないことは、物語に絶妙にリンクする。唸るのは、そこにベテランの八千草薫をぶつけた妙技だ。彼女が演じる老婦人の病はかなり悪いのだが、住み慣れた土地で納得できる死を迎えたいと願う気持ちを、本物の医者である実の娘ではなく、ニセ医者の伊野が受け止める。老婦人は、もしかしたら何もかも知っていたのではないか。そんな思いさえよぎった。「先生、私と一緒に嘘ついてくださいよ」。劇中で、最も切なく凄味のあるセリフだ。こんな言葉を柔らかく言えるのは八千草薫が本物の女優だからに他ならない。

 物語や神話には、身につければ姿を変えることができるグッズが多く登場する。本作では白衣がその役割を果たす。主人公はそれを着て医者に変身したが、元の姿に戻れず、ついには姿を消した。「あんたたちが伊野を本物に仕立て上げたんじゃないのか」。刑事が言うこのセリフは村人に向けられたものだが、日本の医療制度の矛盾への言葉にも聞こえてしまう。人には信じたいものを信じる習癖があるという。映画はニセ医者を糾弾しない。同時に好人物として擁護もしない。単純な二分法では答えは出ないのだ。善と悪。本物と贋物。その間で揺れ続ける人間心理を、医療という切実な問題を通して問いかけ上質な深みへと導いていく。これこそ“本物の映画”のなせる技だ。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)問題提起度:★★★★★

□2009年 日本映画
□監督:西川美和
□出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、他


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