プレシャス [DVD]プレシャス [DVD]
◆プチレビュー◆
過酷な現実の中でヒロインに希望を与えるのは教育。母親役モニークが鬼気迫る演技を見せる。 【80点】

 16歳の黒人少女プレシャスは妊娠して学校を退学になり、問題を抱えた生徒ばかりが集まるフリースクールに通うようになる。熱意溢れるレイン先生と出会って文字を学び希望の光を見出すが、彼女にはさらなる試練が待っていた…。

 主人公はハーレムで暮らすアフリカ系アメリカンのクレアリース・プレシャス・ジョーンズ。映画のタイトルにもなっているミドルネーム“プレシャス”とは、尊い、愛しい、という意味の言葉である。だが彼女が置かれた環境は、その美しい名前からはほど遠く、残酷なものだ。2度の妊娠は父親にレイプされたため。母親からは精神的、肉体的に虐待を受けている。母のメアリーは自分から夫を奪ったとプレシャスをなじりながらも、生活保護を受けるために娘を手放そうとしない。プレシャスは、びっくりするほど太っていて容姿にコンプレックスを持ち、読み書きもできず、誰からも愛されないと感じて日々を送っている。女性として、いや、人間として耐えがたい人生だ。

 そんな彼女を救うものが二つある。ひとつは虐待に耐える時に発揮する想像力だ。現実を忘れるため、美しい自分がもてはやされる姿を妄想する。それは何の解決にもならない逃避なのだが、この偽りの幸福感のために映画は不思議な浮遊感を帯びる。語り口として極めてユニークなのだ。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や「パンズ・ラビリンス」のヒロインたちも想像力を駆使して現実から乖離したが、プレシャスは自らの姿を変えてしまうほど絶望している。

 だが、ヒロインを本当の意味で救うのは教育だ。プレシャスは聡明な女性教師・レイン先生と出会い、読み書きを覚える。自分のことを表現する方法を知ったことで彼女は内面からゆっくりと、だが確実に変わる。学ぶ喜びから、自分自身をみつめていくプレシャス。レイン先生が最初に「自分の名前と好きな色を教えて」と言うのが素晴らしい。それはどんな人間をも差別することのない普遍的な問いだ。人には名前があり、好きなものが必ずある。生徒の存在そのものを肯定し、真っ直ぐに手を差し伸べる彼女は、本物の教育者だ。

 この映画は黒人の置かれた社会的立場を訴えるブラック・ムービーで、製作、監督、キャストのほとんどが黒人だ。映画、音楽、ショービズ界の多くのスターたちが脇役に徹し、演技初体験の主演女優を献身的に支えている。主人公を演じる新星ガボレイ・シディベの問答無用の力強さ、彼女を導く教師役ポーラ・ハットンの凛とした美貌。そして、嫌悪感そのものを体現するような母親役モニークの凄みはどうだ。怠惰で暴力的、精神的に病んでいるとしか言いようのない母親メアリーの終盤の独白は、すさまじい迫力で圧倒される。

 NYのハーレムの内情を容赦なく切り取ったこの物語の時代背景は1980年代。まだ9.11テロも100年に一度の大不況も起こっていない。これから来る難しい時代、プレシャスには幾多の不幸や困難が待ち受けていよう。だが彼女は知っている。「私の未来は私のもの」と主張する術(すべ)を。そのことが、ヒロインをみつめる私たちにも勇気をくれる。幸せになると決めた一人の少女の再生の物語は、多くの人々の実体験を投影しているという。奇跡のようにパワフルなのは、主人公の生き様に数え切れない希望が託されているからなのだ。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)感動度:★★★★☆

□2009年 アメリカ映画 
□原題「PRECIOUS: BASED ON THE NOVEL PUSH BY SAPPHIRE」
□監督:リー・ダニエルズ
□出演:ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、他

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