悪人 スタンダード・エディション [DVD]悪人 スタンダード・エディション [DVD]
◆プチレビュー◆
ひとつの殺人事件が重層的にあぶりだす人間の心の闇を描いた「悪人」。愛を渇望する男女の逃避行が胸を打つ。 【75点】

 長崎在住の土木作業員の祐一と、佐賀に住む紳士服量販店店員の光代は、携帯の出会い系サイトで知り合い、強く惹かれ合う。だが祐一は、今世間を騒がせている女性保険外交員殺害事件の犯人が自分であることを告白する…。

 芥川賞作家・吉田修一の原作小説は、多くの人物のモノローグで構成されているが、李相日監督と原作者との共同脚本による映画は、登場人物とエピソードを絞り込み、孤独な男女の刹那的なラブストーリーを中心に据えている。また被害者と加害者の肉親の思いを丁寧にすくい取ることで、主人公のバックグラウンドを巧みに描き、見るものを物語の奥深い場所へと連れて行く。

 殺人事件の犯人で、金髪の寡黙な青年・祐一は、きっと心根は優しい。だが、爆弾を抱えているような得体の知れない危うさをも内包している。そんな彼の望みは、ただ誰かに愛されることだ。祐一の願いは、光代によって叶えられるが、内向的な彼女もまた情念とエゴを心に秘めた女性だ。事件に関与する人物は、誰もが悲しいほど脆い。殺された佳乃が祐一を虫けらのように扱ったり、金持ちの大学生・増尾が佳乃を夜の峠に置き去りにするのは、彼らが人を見下すことでしかプライドを保てない弱い人間だからだ。自分に欠けた善のパーツを補う方法が分からない若者が事件の中心にいるのに対し、周囲の大人たちは、人を愛することの大切さを知りながら、それを次世代に伝える力がない。となれば、異なる世代のコミュニケーションの欠如が殺人の遠因にも思えてくる。

 やるせないほどの愛情で結びつく男女を体当たりで熱演する妻夫木聡と深津絵里が素晴らしいが、加えて、祐一の祖母を演じる樹木希林が抜群に光った。純朴な老人を狡猾に騙す悪徳業者や、執拗にカメラを向けるマスコミに狙われる祖母は、最も弱い人間に思えるが、孫の祐一を心から慈しむ気持ちが、最後には彼女を強くする。娘を奪われ打ちひしがれた佳乃の父親の手にスパナが握られるのも同じ理由だ。どれほど身勝手な娘でも無条件に我が子を愛する父もまた、くじけなかった。地方都市の閉塞感の中、善悪の根源を探るこの物語は、誰かを大切に思う気持ちを持つ人間を、決して見捨てはしない。

 物語後半は、恋人たちの逃避行というロードムービーへ。「もっと早く光代と出会いたかった」と声を震わせ、自首するという祐一を思わず引き止める光代。彼女もまた、誰かとの出会いを真剣に待っていた。「私と一緒に逃げて」。つかの間の幸せにすがりつく2人が向かうのは海を見下ろす灯台だ。

 悪人とは誰なのか。それ以前に悪とは何だろう。原作には「両方が被害者にはなれない」という言葉がある。追いつめられた祐一がとる行動は、映画には出てこないこの言葉を思い出させた。愛する人を“被害者”として守るために自らの手に罪を招き入れる祐一を、簡単に悪人とは呼びたくない。映画を見終わった後には、よどんだ澱(おり)のような暗い感動が残る。それでいて小さな希望を感じるのは、祐一が祖母にプレゼントしたスカーフが、殺人現場に結ばれていたから。それとも悲しい眼をした祐一が最後に泣いたような笑顔を見せるからか。殺人という絶対的な悪とその周囲の相対的な悪をえぐった物語は、現代社会を生きる私たちに「大切な人はいるか」と激しく問いかける。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)閉塞感度:★★★★★

□2010年 日本映画 原題「悪人」
□監督:李相日
□出演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、他


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