シングルマン コレクターズ・エディション [DVD]シングルマン コレクターズ・エディション [DVD]
◆プチレビュー◆
死を覚悟して初めて知る生の輝き。デザイナーのトム・フォードの手腕は初監督とは思えないほど見事だ。 【75点】

 「愛する者を失った人生に意味などあるのか」。1962年11月30日。8ヶ月前に16年間共に暮らしたパートナーのジムを事故で失ったジョージは、自殺を決意し準備を着々と整えていく。だが彼は、死を前に日常のすべてが違ったものに感じて戸惑いを覚えた。そんな時、親友の女性チャーリーから電話が入る…。

 2人の男がゆっくりと水に沈むポエティックなシーンと、痛々しい交通事故の俯瞰の映像、自殺の決意とその準備の淡々とした連写。映画の序盤に、この一連の流れを無駄のないフォルムで描き、同時に主人公ジョージの人となりが簡潔に浮かび上がる手際の良さは、非常にスマートだ。何度も現れる幸福な日々のフラッシュバックで、今の彼の絶望がいかに深いかを物語る。劇中に登場するさまざまなコントラストが、ストーリーを丁寧に形作っていく。

 英国人の大学教授ジョージは、繊細なキャラクターだ。自殺を前に「発つ鳥跡を濁さず」とばかりにすべてを整理整頓する隙のない人物でもある。銀行の貸し金庫の中身を処分し、家政婦にメモを残し、自分の葬式用のスーツを整え、ネクタイの結び方まで指示する。几帳面な生き方と端正な装いという鎧で脆さを隠しながら生きてきたジョージだったが、50歳を過ぎていても“終わり”が“始まり”になっていく人生の不思議をまだ知らない。観客もまた、死と生が対比する彼の特別な1日につきあうことで、そのことを教えられる。

 ジョージはゲイだという設定なのだが、そのことはこの物語ではポイントではない。むしろ立ち上がってくるのは、ミドルエイジ・クライシス(中高年男性の不安)と、米国で暮らす英国人の孤立感だ。さらに60年代初めという古き良き時代の夕映えにも似た最後の輝きが、ジョージの悲しみに寄り添っている。世界を大きな不安が包む季節の直前に、人生を終えようとしていたジョージが気付いたのは、ささやかな日常にこそ宿る幸福感だった。

 いつもと変わらないはずの英文学の講義、煩わしいはずの隣家の少女、敏感に変化を感じ取る教え子や、駐車場でふと言葉をかわした青年。死を決意したことで日常を別のアングルでとらえ直し、新しいまなざしで世界を受け止めていくジョージを演じるコリン・ファースが卓越して素晴らしい。繊細で抑性が効いた彼の演技が、この映画を比類ないものにしている。さらにジョージとは正反対でありながら、同じ孤独を内包するチャーリーを演じるジュリアン・ムーアとの共鳴が効いている。心から笑いあえる友がまだそばにいる幸福を呼び起こし、ジョージが生へと心を解放したその時、思いがけない運命が訪れる。

 監督のトム・フォードは、グッチやイヴ・サンローランなどで活躍し大きな成功を手にしたカリスマ・ファッションデザイナー。近年では「007」の衣装を担当し存在感を示していた。そんな彼がかねてより関心があった映画作りに挑戦、脚本まで自ら手掛け、とても初監督とは思えない高い完成度の作品を作り、世界を驚かせた。思えば映画界では、異業種の才能は珍しいことではない。たとえば、勅使河原宏は華道家、ジャン・コクトーは詩人、北野武は自分の本業はコメディアンと公言する。そんな中、トム・フォードの“武器”は、他の追随を許さない並はずれた美意識だ。繊細で哀歓漂うこの作品、キャスティングの妙も含めて、まるで仕立ての良いスーツのように美しい。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)端正度:★★★★★

□2009年 アメリカ映画 原題「A SINGLE MAN」
□監督:トム・フォード
□出演:コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、ニコラス・ホルト、他

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