武士の家計簿(初回限定生産2枚組) [DVD]武士の家計簿(初回限定生産2枚組) [DVD]
◆プチレビュー◆
下級武士がそろばんで守ったのは家族の絆。古文書のデータから物語を創造するセンスが見事だ。 【75点】

 猪山家八代目・直之は、加賀藩の財政に携る御算用者。同僚から“そろばんバカ”と揶揄されるほどの男だ。直之は一家の借金が膨らんでいることに気付くと、家財道具を売り払い、詳細な家計簿をつけ、家計を立て直そうとする…。

 かつて秀作「家族ゲーム」で現代日本の中流家庭を鋭い視点から描いてみせた森田芳光監督。この人にとって家族とは、つきせぬ魅力のテーマのようだ。本作の原作は、偶然発見された古文書「金沢藩士猪山家文書」の中に残っていた家計簿を、綿密に分析してまとめあげた研修書で、歴史学者の磯田道史のベストセラー『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』。データベースのような学術書から、その行間を読み、ハートウォーミングなストーリーをつむいでみせたアイデアと力量に感服する。

 まず主人公の下級武士・猪山直之の“武器”が、刀ではなく算盤(そろばん)というのがいい。激動の時代・幕末を、会計能力で生き抜く彼は、現代のサラリーマンのよう。ただし、この男、凡百の事務方ではない。彼には、見栄や世間体を重んじる武家社会にあって、どんなにみっともないマネをしてでも、絶対に家族を守り抜くとの決意があった。幸いにも、一芸に秀でたことが、藩の時流と時代の流れに合致。結果的に直之の正直な生き方が、猪山家存続への扉を開く。地味で堅実、そして真摯な生き方が報われる物語に、希望の光を見出す観客は、きっと多いだろう。

 印象的なエピソードは数多いが、直之が、息子の着袴の祝いに、高価な祝い鯛が買えず“絵鯛”で代用する、切実かつユーモラスな場面が、やはり秀逸。それから直之が妻のお駒にプレゼントした櫛(くし)のエピソードも忘れ難い。直之同様、お駒も質素倹約を貧乏ではなく工夫ととらえて楽しむ賢妻だった。幼い息子が絵鯛を「鯛じゃ、鯛じゃ」と無邪気に喜ぶ姿と、それを見守る一家の不思議な幸福感。これだけで、猪山家がいかにポジティブかが分かる。

 借金を返し、倹約し、実直に生きる直之が、幼い息子に徹底的に算術をたき込むのは、それこそが自分たち家族が生き抜く唯一の武器だと信じたからだ。御算用者とは、いわば経理担当の事務職。そこには世間一般の考える武士道の凛々しさはないが、自分の仕事と能力に確固たるプライドを持つ主人公の姿は、不安な時代を生きる現代人に訴えかける強い同時代性がある。そろばん侍・直之は、いかなる時でも家計簿をつける姿を息子に見せることで、確かな芸があればどんな時代も家族を守って生き抜くことができると教えたのだ。

 チャンバラだけが時代劇ではない。物語だけが原作ではない。刀だけが武器ではない。この映画は、固定概念を崩し、物事を違う角度から見直すことで、活路を見出すチャンスがあることを示してくれる。直之の息子・直吉が新時代の明治をどう生きたか。それを知れば、家芸を守りながらしっかりと現実を見据えることの大切さが理解できる。そろばん侍の生き方が、私たちにこんなにもたくさんの生きるヒントをくれるとは。主演の堺雅人をはじめ、出演する俳優たちが皆、絶妙な演技で素晴らしい。何より、監督の森田芳光の的確な演出手腕が光った。このタイムカプセルの中には、家族愛があふれている。

(シネマッシモ評価:★5つが満点)家族愛度:★★★★★

□2010年 日本映画 原題「武士の家計簿」
□監督:森田芳光
□出演:堺雅人、仲間由紀恵、松坂慶子、他

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