アンチクライスト [DVD]アンチクライスト [DVD]
ほぼ二人芝居のこの物語は、自ら“うつを患った”と公言するラース・フォン・トリアー監督が、物議を醸すことを目的にしたかのような問題作だ。子供を失った夫婦が“地獄と化した楽園”からさえも追放される運命を、章立ての構成で冷徹に描いていく。愛し合っている最中に、幼い息子を事故で失くした夫婦。悲しみと自責の念から妻は精神を病んでしまい、セラピストの夫はなんとか妻を救おうと、「エデン」と名付けた森の中の山小屋にこもって心理療法を試みる…。

ハイスピード・カメラで撮られた冒頭のモノクロのシークエンスの、なんと美しいことだろう。だがその美しさゆえに、その後の地獄が際立って、見るものの神経を逆なでするから、上手いというより狡猾である。本来、セラピーは家族が行なうものではないとされていて、深く愛するがゆえに客観性を欠くというのがその理由なのだそう。子供を亡くしたのは妻も夫も同じなのだが、夫は自分ならば妻を救えると思っている。まずここに罪深い“傲慢”がある。だがなぜ妻だけが常軌を逸してしまうのか。自責の念や後悔は夫婦に共通だが、妻の心の奥底に眠っていたダークサイドが最愛の息子の死というショックによって目覚めてしまったと考えられる。屋根裏にあった妻の書きかけの論文は、魔女や拷問について考察した異様なもので、冒頭にサブリミナル・ショットのように一瞬映る歪んだ女の顔こそは、彼女のもうひとつの顔なのだ。夫の治療がますます妻の容態を悪化させ、完全に狂気を孕んだ妻の行動は、夫だけでなく自分自身をも痛めつけるもの。日本では映倫があるため、ショッキングなシーンにはぼかしが入るのだが、それでも、夫の足にドリルで穴をあけたり、女性器を切断するなどの、あきれるほど凄惨な“アクション”は、十分に見ていて痛い。エデンという楽園からの追放は、壮絶で衝撃的な結末を迎える。夫婦が愛し合う大木から伸びる無数の手、山にたたずむ夫の周囲の、大勢の顔の無い女たち。象徴性を持つ3種の獣。いったいどれほどの寓意が込められているのか、もはや計り知れないが、そこにあるのは間違いなく絶望だ。夫婦が再起を賭けたエデンに神はいなかった。神の不在をもって神を肯定するラース・フォン・トリアーのアンチテーゼは、放り出すかのようにあっけなく終わる。好き嫌いが激しく分かれそうな作品だが、正真正銘の問題作であるのは間違いない。
【60点】
(原題「ANTICHRIST」)
(デンマーク・独・仏他/ラース・フォン・トリアー監督/シャルロット・ゲンズブール/ウィレム・デフォー、他)
(壮絶度:★★★★★)


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