按摩と女
按摩と女
石井克人監督の「山のあなた〜徳市の恋〜」のオリジナル作品が、戦前の日本映画界で活躍した名匠清水宏監督の「按摩と女」だ。66分と小品だが、山あいの美しい風景、おだやかなユーモア、風情に満ちた人間描写など、ここには現代の日本人が忘れかけている“美しさ”がある。
按摩の徳市と福市は、例年通り山あいの温泉街にやってくる。徳市は、宿泊客で、東京からきた美しい女に淡い恋心を抱く。
勘の鋭い徳市は、このワケありの美女の窮地を救うことになるのだが…。
清水宏監督は同世代の小津安二郎や溝口健二に比べ、過小評価されている感があるが、分かり易く、温かい作風は今見ても魅力があせることはない。白黒なのに、新緑の微妙な緑を感じるような映像や、計算されたカットなど見所が多い作品だ。
また、清水監督は子供を描くのが上手いことで定評があり、本作でもいたずらっ子の少年がいきいきと描かれている。
「山のあなた 徳市の恋 」はこの作品をほとんど忠実にリメイク(監督はカヴァーという言葉を使用)しているが、カラーになって蘇った山の緑の風景は、オリジナルをより広がりのあるものにしてくれた。ただ、雨の中、池のほとりに蛇の目傘をさしてたたずむ、東京の女の風情は、たとえ白黒でも高峰三枝子に断然軍配が上がる。この場面を見るだけでもオリジナルを鑑賞する価値があるだろう。
清水宏監督作品 第一集 ~山あいの風景~
DVD清水宏監督作品「第一集 山あいの風景」には、「按摩と女」の他、「簪(かんざし)」「有りがたうさん」の計3本(他、特典得点映像あり)が収録されている。
出演は、高峰三枝子、徳大寺伸、佐分利信など。
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
ペパーミント・キャンディー
ペパーミント・キャンディー
韓国映画「光州5・18」では、光州事件の全貌が描かれている。この事件は、1980年5月18日から27日にかけて、韓国の光州市で発生した民主化運動弾圧事件。韓国の歴史の中でも特に悲劇的な傷跡を残す出来事と言っていい。
光州事件を、初めて“正面から”描いた「光州5・18」だが、それ以前にもさりげなくこの事件について触れている映画は、いくつかある。その中の1本が、イ・チャンドン監督、ソル・ギョング主演の「ペパーミント・ジャンディー」だ。
物語の主人公は、全てを失くして自殺しようとする男ヨンホ。病床にある初恋の女性を見舞う3日前に遡るのを発端に、ストーリーは、時間を逆行するというユニークな構成で描かれる。事業では成功するものの妻の浮気を知る。警察が国家に隷属していると知りつつ刑事になる。苦く痛烈な思いをする徴兵時代。愛する人と未来に対して輝く夢を語った20歳の頃。これは、自殺寸前の中年男が、最後に希望に満ちた若者へと変わる皮肉な仕掛けだ。
主人公が人生の敗北者であることは、映画冒頭ではっきりと分かる。なぜこうなったのかということを時間を遡って語っていくのだが、主人公ヨンホの人生を狂わせるきっかけになったのが、徴兵時代に経験した光州事件という設定だ。一兵士だったヨンホは、戒厳令下の中、暗闇の中で負傷し、誤って発砲。不可抗力で女子高生を射殺してしまう。平凡で前向きな青年だった彼の心に、この出来事は、大きな傷となって残ってしまい、その後、自暴自棄の人生をおくることになってしまうのだ。
「光州5・18」は民衆の側に立ったドラマで、何の説明もなく丸腰の市民や学生に発砲した軍は、匿名性の強い無個性な人間たちとして描かれる。だが「ペパーミント・キャンディー」の主人公のように、何が何だかわからないまま命令を受けた若者も大勢いたに違いない。事実、当時の軍事政権によって、厳しいマスコミ統制が行われていたため、一部の例外を除いて、外国メディアはおろか、韓国国民にも事件について詳しく説明されることはなかった。長い間、光州市民は暴徒と考えられていたというから、まさしく悲劇だ。両方の作品を見ると、いかにこの事件と時代が不当なものであったか理解できる。
主人公が徴兵される前に勤めていた工場で作っていたのがペパーミント・キャンディー。純粋さと希望の象徴に思える。時間を遡るという個性的な演出法が印象に残る作品だったが、事件を正面からとらえた「光州5・18」が世に出た後ならば、逆に本作の演出意図も伝わりやすくなろう。一人の男の人生を語る形で、韓国の近・現代史をたどり、同時に現代へとつながる民主化への苦い流れを検証しているのだ。
ちなみに本作は、日本のNHKと韓国の共同制作で、韓国の日本文化開放後、両国が最初に取り組んだ記念すべき作品だということも付け加えておきたい。
出演は、ソル・ギョングほか、ムン・ソリ、キム・ヨジン、他。
(1999年/日本・韓国/イ・チャンドン監督/原題「Peppermint Candy」)
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
ビリー・ザ・キッド 21才の生涯
ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 特別版
「ワイルド・パンチ」のサム・ペキンパー監督による異色の西部劇。実在した伝説の無法者ビリー・ザ・キッドと彼を殺した親友の保安官パット・ギャレットの不思議な関係を描く伝記映画だ。
トッド・ヘインズ監督の「アイム・ノット・ゼア」では、6人の俳優たちがボブ・ディランを演じているが、この中でリチャード・ギア扮する西部の無法者“ビリー”は、この映画を意識しての設定だ。
1881年、開拓時代末期のニューメキシコで、保安官のパット・ギャレットは、かつての無法者仲間で、親友のビリー・ザ・キッドを追い詰める。ビリーに土地を去るように警告するが、彼はそれを無視、ギャレットはビリーを殺さねばならなくなり苦悩する…。
サム・ペキンパー得意の、時代に取り残されて滅びていく男たちの物語だ。事実と伝説、ペキンパー独自のバイオレンスと男の美学に、ロックなムードが重なって、極めて個性的な作りの西部劇といえる。
パット・ギャレットをジェームズ・コバーンが、ビリー・ザ・キッドをクリス・クリストファーソンがそれぞれ演じるが、特筆は、ビリーの友人役で歌手のボブ・ディランが出演していることだ。ちなみに音楽も全編ディランが担当。名曲「KNOCKIN ON HEAVENS DOOR」も劇中に流れる。
「アイム・ノット・ゼア」の中で、一番難解なのは、リチャード・ギア扮する“ビリー”のパートではなかろうか。6人のキャスト中、最も年配のギアにビリーを演じさせたことで、いくつになっても世間に迎合せず挑戦を続けるディランを表現していると思われる。ちなみにディランはビリー役ではなく、逃亡したビリーに加勢した若者エイリアスという役。セリフは少ないがさすがに存在感がある。さらに、本作でビリー・ザ・キッドを演じたクリス・クリストファーソンは「アイム・ノット・ゼア」ではナレーションを務めていた。
愛される無法者と、意思に反して彼を殺さねばならない保安官。ラストに、少年が、ビリーを撃ったギャレットの背中に人々の抗議を表すかのように小石を投げる場面が印象的である。
(1973年/アメリカ/サム・ペキンパー監督/原題「Pat Garrett and Billy The Kid」)
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
素晴らしき哉、人生!
素晴らしき哉、人生!
クリスマスに見る映画の定番といえば、やはりこの映画で決まりだ。ハート・ウォーミングなフランク・キャプラの演出は、いつの時代も人生に希望を与える。
善良な主人公ジョージは大金を失って絶望し、自殺しようとする。だが、そこに天使が現れ、「もし君がいなかったら、世界はこうなったんだよ」と言いながら、ジョージを連れて“彼が存在しない世界”を見せる。思い通りの人生ではなかったと悔やんでいた自分の存在が、実は人々を幸福にしてきたと分かったジョージは思わず「元の世界に戻してくれ!」と叫ぶが…。
古い作品なので最初は少しテンポが遅いと感じるだろう。白黒の画面は最新のデジタル映像に比べればいかにも地味だ。だが、それでもこの映画のストーリーの素晴らしさが損なわれることはないと私は確信している。アメリカでは、クリスマスの時期には必ずどこかのTV局で放映されているほど有名な映画で、「ホーム・アローン」や「グレムリン」でも劇中にさりげなく映っている。
味わい深いのは、主人公ジョージの自殺を止める天使の演出。むさくるしい老人の姿の天使は、実はまだ羽根さえもらえない二級天使という設定が楽しい。ジョージに希望を取り戻させ、再び生きる喜びを与えることができれば、彼は「神さま」から昇格(栄転と呼ぶべきか)の恩恵にあずかるというワケだ。そんなオッサン天使の頑張りがユーモラスで、キャプラの笑いのセンスを感じる。
フランク・キャプラ監督のフィルモグラフィーを見ると、楽観的なストーリーの作品が多い。それゆえ、社会派好みの映画評論家からやや侮蔑的に語られた時期もあった。だが、この名匠の映画の根底には、社会を鋭く分析した上でのエピュキリズムと、映画で希望を伝えたいという素朴な優しさが常にある。それは映画ファンが心の底で求めている温かさだ。だから、彼の作品は、オールド・ファッションでも決して“古く”はならない。
自分の命は自分だけのものではない。この世に不必要な人などいない。「素晴らしき哉、人生!」は、そんなことを教えてくれるヒューマン・ドラマの名作にして、世界で一番愛されているクリスマス映画なのだ。
出演は、ジェームズ・スチュアート、ドナ・リード、ライオネル・バリモア、他。
(1946年/フランク・キャプラ監督/原題「IT'S A WONDERFUL LIFE」)
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
無法松の一生
無法松の一生
大人の純情と映画愛をしみじみと綴った映画「オリヲン座からの招待状」の劇中で、ついに閉めることになった小さな映画館オリヲン座で、最後に上映されるのが、1943年・バンツマ版の名作「無法松の一生」だ。
福岡県小倉を舞台に、荒くれ者の人力車夫・松五郎(通称無法松)と、陸軍大尉の未亡人とその息子との触れ合い、そして未亡人への秘めた恋心がみずみずしく描かれる。未亡人を慕う松五郎の男の純情が泣かせる物語で、ここに「オリヲン座…」のストーリーが重なって見える。
祭りの様子や無法松の回想シーンなどを時に幻想的にとらえた撮影は、当時の技術では画期的で素晴らしいものだ。特に、暴れ太鼓を打つ名シーンが美しく、心に残る。検閲で貴重な名場面がカットされたのが惜しまれるが、それでもこの作品の輝きは何ら衰えるものではない(注:復刻版もあり)。
この映画は計4度映画化されたが、同じ稲垣浩が監督した最初の2作品、43年の阪東妻三郎版と、58年の三船敏郎版(ベネチア映画祭金獅子賞・43年版に負けず秀作に仕上がったリメイク作)が名高い。
ちなみに、浅田次郎の短編小説の原作(「鉄道員(ぽっぽや)」に収録)では、オリヲン座を守り続けた若い2人の純愛ではなく、昔、オリヲン座を遊び場所として育ち、今は夫婦になった幼馴染の男女が、久しぶりにオリヲン座を訪れることで、冷めた関係を和解へと導く物語になっている。原作の中では、最後に上映される映画は「無法松の一生」ではなく、川島雄三監督、フランキー堺主演の「幕末太陽傳」(1957年)で、こちらも名作だ。
(1943年/稲垣浩監督/阪東妻三郎、園井恵子、沢村アキヲ(現・長門裕之)他) 

無法松の一生 (58年の三船敏郎版)
幕末太陽傳
鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
続 荒野の用心棒
続 荒野の用心棒
「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」がオマージュを捧げている作品がこれ。西部劇好きの間では、この映画を“ベスト・オブ・マカロニ”とする人が多い。マカロニ・ウエスタン特有の、暴力とお色気をきっちり抑え、お約束の皆殺しへとなだれ込む。
物語は、流れ者で早撃ちのガンマン、ジャンゴが、メキシコ国境の街で、アメリカ人のジャクソン少佐一味と、メキシコ反政府運動側のウーゴの軍団との争いに巻き込まれるというもの。悪人ばかりが登場する設定に迫力があり、主人公ジャンゴですら、男気あふれるキャラではあるが、決して善人ではない。
この映画の歴史的意義は、そのユニークな状況設定と意表をつく描写にある。そもそも、カラカラに乾いている気候の西部にもかかわらず、土地は常にぬかるんでいて、そこに棺桶をひきずりながらやってくる主人公ジャンゴという冒頭のビジュアルが強烈だ。棺桶の中には、必殺の武器が隠されている。映画の中の、棺桶の使い方を根底から変えたと言っていいだろう。鞭で打ち、耳をそぎ、手を砕く。血まみれの暴力描写の連打がいかにもマカロニ。泥中格闘や機関銃による大殺戮など過剰にも見えるほどサービス満点だ。
若きフランコ・ネロの青い瞳が印象的で、ジャンゴという映画史上の名キャラを生み出した作品として記憶される名作。ラストシーンの、墓場での十字架を使った必殺の逆襲は、何度見ても胸が熱くなる。
ちなみに原題の「ジャンゴ」で、ニューヨーク近代美術館に永久保存されていることも有名。余談だが、セルジオ・レオーネの「荒野の用心棒」とは全く関係のない作品で、監督は、同じセルジオでも“もう一人のセルジオ”ことセルジオ・コルブッチ。なぜ「続」かというと、単に日本で同じ配給会社だったこと、「荒野の用心棒」がヒットしたので、あやかったという安直な理由だそうだ。こういうまぎらわしい題名が映画ファンを混乱させる。今から発売されるDVDだけでも、原題の「ジャンゴ」にしたらどうだ?!と真面目に提案したい。
あまりにも有名な主題歌は、「イル・ポスティーノ」でアカデミー賞を受けた、映画音楽界のマエストロ、巨匠ルイス・エンリケ・バカロフの作曲によるものだ。歌詞の最後には「…さすらいの旅は果てしなく続く」とある。シブい!
出演は、フランコ・ネロ、ロレダナ・ヌシアック、エドゥアルド・ファヤルド、他。
(1966年/セルジオ・コルブッチ監督/原題「Django」)
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
バニシング・ポイント
バニシング・ポイント
70年代を代表するカーアクション映画の傑作である。
カーチェイスが売りの「デス・プルーフinグラインドハウス」はこの作品にオマージュを捧げていて、同じ型の車を使うなど随所に影響が感じられる。
物語は、ベトナム帰りで、警官やレーサーなどを経て、今では陸送屋をやっている主人公コワルスキーが、デンバーからサンフランシスコまでを15時間で走る賭けをし、時速200キロでぶっ飛ばすというもの。70年代特有のロード・ムービーの形をとりながら、途中、白バイやパトカー、競争を挑む飛ばし屋を振り切るなど、カーチェイスの見せ場が多数用意されている。劇中、主人公が運転する車は、白の70年式ダッジ・チャレンジャーだ。
冒頭は警官がバリケードを築き、暴走する主人公とその車を待ち構えるクライマックス直前の場面。そこから2日前に時間が戻り、さらにフラッシュバックで過去を振り返るという時間の多重構造を施している。
車の暴走場面だけでなく、彼を応援する黒人ラジオDJや、そのDJを襲う白人グループ、コワルスキーをつかまえようとやっきになる各州の警察、70年代のヒッピー文化などが活写され、平和運動や人種差別などをさりげなく盛り込んだ構成が巧みだ。中でも、コワルスキーが逃げ込んだ砂漠で、脱出を手助けする老人とのエピソードが心に残る。
カーチェイスの名作として記憶されている作品だが、物語の裏側には、ベトナム戦争を背景とした厭世感が漂っている。非常識なスピードの中でのみ生の実感を味わう主人公は、当時の若者たちを体現する存在で、孤独や怒りを内包したまま暴走し破滅するしか道はないのだ。やるせないラストに全てが集約されている。アメリカン・ニュー・シネマを代表する1本である。
出演は、バリー・ニューマン、クリーヴォン・リトル、ディーン・ジャガーなど。
(1971年/アメリカ/リチャード・C・サラフィアン監督/原題「VANISHING POINT」)
←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
ざくろ屋敷
画ニメ ざくろ屋敷 バルザック『人間喜劇』より
静止画をモンタージュするという独特の手法で描くアート・アニメーション。70枚近いオリジナル絵画は、美しい色彩のテンペラ画で、独特の叙情を漂わせる。重厚かつ繊細な作画は、画家深澤研によるものだ。物語は、バルザックの「人間喜劇」より、短編「ざくろ屋敷」をベースにしている。
19世紀のフランス、ロワール河近くの「ざくろ屋敷」に住む、謎めいた美しい婦人とふたりの男の子の日々は、静かに規則正しく過ぎていく。だが、婦人の重い病が暗い死の影を落とし、やがて少年たちは孤独のうちに残されることになる。
物語らしい物語とは決して呼べない。大長編「人間喜劇」の中の一部分と位置付けるしかないが、極めて静かな屋敷での生活の美しさと、死にいく母親の運命の暗さに対比を見る、映像詩のような映画だ。だが起承転結のないような作品だからこそ、映像美がより際立つともいえる。静止画という素材は、この物語にとても合っているように思う。カメラの動きや古楽器の音色で、止まっているはずの絵に、静かな動きを感じるから不思議だ。例えば、風やため息や流れる涙のような、心に響く動きが。
(2006年/日本/深田晃司監督/(声)志賀廣太郎、ひらたよーこ、他/原題「LA GRENADIERE」) ←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
知られざる傑作―他五篇
←短編「ざくろ屋敷」収録
ベリッシマ
ベリッシマ
スペイン映画「ボルベール<帰郷>」の中で、カルメン・マウラ扮する母親イレネが、TVで見ている古い映画が、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベリッシマ」だ。ヴィスコンティの長編映画では、唯一ハッピー・エンドのテイストを持つ作品である。
イタリアの大女優アンナ・マニャーニ扮する母親は、今で言うステージ・ママに近い。映画の子役のオーディションがあると聞き、幼い娘をスターにしようと、バレエや音楽を習わせ、映画関係者に賄賂を渡す。
娘の幸せだけを願って奔走していた彼女だったが、娘の泣き顔のカメラ・テストの映像を見て大笑いする関係者を見て、自分の愚かさに気付き、テストに合格して出演を依頼してきた映画関係者に対し、きっぱりと断ってみせる。最後に、優しい夫に自分のあやまちをわびて、明日から精一杯働いて生きていくことを誓う母の姿が感動的だ。
時には間違ってしまうこともあるけれど、無償の愛情を注ぐ母親の揺るぎないたくましさを描いたヴィスコンティの佳作。母の力強さと包容力を描いたスペイン映画「ボルベール」との共通点が見出せる。
貴族社会を描かせたら天下一品のヴィスコンティだが、ネオ・リアリズモの旗手だっただけあり、庶民の生活を活写しても、その演出力は際立っている。
(1951年/イタリア/ルキノ・ヴィスコンティ監督/原題「Bellissima」) ←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
ワールド・アパートメント・ホラー
ワールド・アパートメント・ホラー
東京・新宿の片隅にある、アジアの人々だけが住むオンボロアパートに、ヤクザの一太が地上げを仕掛けようとやって来る。そこでは先発で来ていたはずの先輩ヤクザが謎の失踪、なにやら異様な住民たちが暮らしていた。一太はキレながら住民たちを脅すが、さっぱりラチがあかず、ノラクラとかわされる。やがて、アパートで不可解な出来事が起こり始め、一太は恐怖の世界を見ることに…
15年ぶりに作った実写映画の新作「蟲師」が公開された大友克洋監督。このアニメーションの巨匠の代表作にして最高傑作は、言うまでもなく「AKIRA」だが、この人がはじめて作った実写映画がこの「ワールド・アパートメント・ホラー」だ。
ホラー映画というよりは、ホラー・コメディという方が的確だと思う。不法滞在者の外国人たちとのちぐはぐなやりとりは、カルチャーギャップと語学力の問題だが、これがなかなか可笑しい。物語では、トイレの壁に塗り込められるように描かれた、アジアの妖怪とも神様とも悪霊ともつかない絵柄が、鍵をにぎる。
出稼ぎ労働で日本にやってくる貧しい外国人の哀しみと、同時に、少々のことではメゲずにいすわり続けるたくましさ、そして住人とチンピラヤクザの葛藤の末の絆などを経て、理屈を越えたものを肯定するおおらかさをを感じさせるラストは、意外にも爽快なものだ。
出演は、田中博樹、中村ゆうじ、中川喜美子など。原案は「パプリカ」の今敏。 ←この記事が気に入ったら、ポチッとクリックしてもらえると嬉しいです\(^o^)/
(1991年/日本/大友克洋監督)


メールはこちらから↓