映画通信シネマッシモ


映画通信シネマッシモは、2018年4月をもって、終了しました。

ブログ終了にあたり、たくさんのあたたかいコメントをお寄せいただき、本当にありがとうございました。
皆さまの映画ライフに少しでもお役に立てたならこれほど嬉しいことはありません。
長い間のご愛顧に心より感謝いたします。

映画レビュー2002

マーサの幸せレシピ

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◆プチレビュー◆
凄腕シェフ自身が食べることに無頓着?!また、人間的に欠陥の多い人物が、一流の厨房のスタッフをまとめることが出来るのかも疑問。でも、そんなささいなツッコミを忘れさせるのが、孤高の天才ジャズピアニスト、キース・ジャレットの素晴らしすぎるメロディだった。

ハンブルグの一流レストランのシェフであるマーサは、料理には人一倍の自信と誇りを持っているが、私生活では不器用な30代の独身女性。彼女は、姉の事故死で8歳の姪リナを引き取ることに。心を開かないリナと、勤め先の料理店に新たに入ってきたイタリア人マリオの2人は、マーサの生活に少しずつ変化をもたらしていく…。

サンドラ・ネットルベック監督はこの作品が長編デビュー作となる。ドイツ映画でグルメものというのは意外だが、女性監督ならではの繊細な視点に溢れる佳作だ。ストーリー自体はありがちで、目新しさはないのだが、その分自然で、予想通りに展開する心地よさを感じてしまう。ドイツ人とイタリア人の気質の対比の設定も定石。だが、“食事は愛する人と食べると幸せになれる。愛がなくては美味しくない。”このメッセージは単純なだけに、強く迷いのない世界なのだ。

マーサは生真面目で誇り高い。完璧主義は彼女の武器で、仕事への情熱が本能を閉じ込める。バランスを保つために、彼女はしばしば厨房の奥にある食料貯蔵庫に一人で閉じこもるのだが、篭城中の彼女の心の城に、姪のリナと陽気なマリオという異分子が乱入。まるで自分自身を見るかのようなリナと、自分とは正反対のマリオだが、結局彼らは、マーサと“幸せ”との仲介者になる。

8歳のリナは母親の死のショックで拒食症に。一方、マーサも料理は作るが自らは食べることに興味がない。この二人が物語が進むにつれ、どのような形で食べ物を口にするようになるかを、彼らの心の変化と共に描くのが上手い演出だ。そこでは、一流レストランで出される色鮮やかで洗練された一皿よりも、スタッフのまかない食や、フライパンから直接食べる行儀の悪さが、なぜか魅力的に映る。

愛する人と一緒に食事をし、共に語らうひと時は最も幸せな瞬間のひとつ。マーサとマリオの食材当てのシーンは、ちょっとエロチックな場面だ。マーサの誇る絶対味覚は、彼女が見ようとしなかった愛情や心のふれあいを何よりも知っていて、彼女がそれを欲していると語る。人生のレシピに欠けていた、ひとさじの調味料か。

残念なのはマーサ、リナ、マリオ以外の人物の人間描写が中途半端なこと。マーサの勤める店のオーナーが彼女をセラピーに通わせるのは、マーサの本質を理解しているから。だからこそ、彼女を街で2番目のシェフと呼ぶのだが、そのオーナーが結局は彼女を助けることもなく、決別を匂わせる形で終わるのが、ストーリーとして腑に落ちない。また、マーサのアパートの階下に住む男性は結局どうなったのか?もっと効果的な役割があっただろうに。

仕事や私生活で既に確立している価値観を変えるのは大変なことだ。映画は、人生の転機を向かえ、自分の小さな世界から出て、現代生活に欠けている愛情や人間らしいコミュニケーションの大切さに気付くヒロインを、優しい視点で描写する。几帳面な性格や仕事ぶりは変わらないだろうが、自分と違う生き方を認める心の柔らかさが、マーサを幸せな人生に導いた。あくまでも小品なのだが、観終わって何とも気持ちのいい作品で、心がほっこり。こんな気分を味わうために、私は日々映画を観ている。

□2001年 ドイツ映画 原題「Mostly Martha」
□監督:サンドラ・ネットルベック
□出演:マルティナ・ゲデック、セルジオ・カステリット、マクシメ・フェルステ、他

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8人の女たち

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◆プチレビュー◆
タイトルはジョン・フォードの遺作「荒野の女たち」(原題「SEVEN WOMEN)が出典か。オゾン流の毒気はやや薄いが、過去の作品を使った遊び心が楽しい。

50年代のフランス。イヴの朝、ある豪邸で館の主マルセルが殺害される。屋敷は、電話線は切られ、大雪に閉ざされた密室状態。身内を中心に8人の女たちが集まっていたが、不倫、妊娠、金銭問題など、全員に殺害の動機があった。長女のシュゾンは、さっそく犯人探しを始めるが…。

やはりオゾン監督はタダモノではない。主役級の女優たちを一堂に集めて作った作品はなんとミュージカル。もちろん正統派ではなくオゾン流だ。50年代のテイストと、往年のハリウッド映画の名女優へのオマージュが満載の本作は、豪華で風変わりな推理劇。シニカルでコケティッシュな感触は一度味わったら、もうやみつきだ。

妻に二人の娘、妹やメイドなど、主に関わる女たちは、皆、殺人の動機が充分。互いの秘密が次々に明かされる過程で、仏を代表する女優たちが、唐突に歌い踊り出す。ドールハウスのようなテクニカラーの屋敷の中では、ミュージカル仕立ての進行も不思議と違和感がない。ファッションも意図的に大仰で、目にも楽しい。しかも8人全員が一人一曲、歌い踊るサービスぶりなのだから嬉しくなる。

オゾン作品と言えば、同性愛や近親相姦、軽いタッチの殺人などがお約束だが、本作でも、思わぬ謎解きの小道具として登場。ポップな中にもちゃんと毒が仕込んであるのだ。いちいち驚いているヒマはない。

大女優から新進気鋭の若手まで、百花繚乱だが、中でも、インパクト抜群なのが女主人の妹を演じるイザベル・ユペール。欲求不満で、家族中に当り散らし、トラウマと心臓病を抱えて暴走中のオーギュスティーヌは、最高に笑える存在。ユペールの確かな演技力が、極上のコミカルさを生んでいる。シットコム(シチュエーション・コメディ)よろしく、笑い声を献上したいほど。彼女の変身後の姿は必見だ。

ミュージカルの不自然さが苦手という人にも、これはかなりお勧めでは。ここまでデフォルメされた展開なら、唐突さがむしろ魅力となる。映画ファンには過去のヒロインのイメージを発見できるお楽しみ付き。メイドのルイーズが大切にしている元の女主人の写真は、故ロミー・シュナイダーではないか!

ラストに明かされる家族の意外な秘密。これは明らかに女たちのドラマなのだ。その証拠に、一家の主の顔は、ほんの一瞬を除いて最後まで画面に登場することはない。美貌とパワー溢れる仏女優たちのノリまくった夢の競演は、映画界の大事件。オゾンの初期の肩書きは“鬼才”。最近ではさかんに“俊英”と呼ばれているが、この人が将来“巨匠”になるのは間違いない。

□2002年 フランス映画 原題「8FEMMES」
□監督:フランソワ・オゾン
□出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ファニー・アルダン、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエ、フィルミーヌ・リシャール、ダニエル・ダリュー、他

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マイノリティ・リポート

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◆プチレビュー◆
物語は2流SF「ジャッジ・ドレッド」と瓜二つ。司法省の役人のウィットワーが元神学生という設定が全く生かされてないのが疑問。ラストにやや不満が残るが、エンタメ映画としては上出来。

2054年のワシントン。プリコグと呼ばれる予知能力者によって犯罪を未然に防ぐシステムが登場。犯罪予防局のチーフであるジョンは6年前に息子を亡くして以来、仕事に熱中していたが、ある日、プリコグによって、彼自身が全く見知らぬ男を殺す犯行を告げられてしまう。システムに疑問を抱いた彼は、逃亡しながら真相を追うが…。

S.スピルバーグとT.クルーズ。現在のハリウッドでこれ以上贅沢な組み合わせがあろうか。自ずと期待感は高まる。但し、スピルバーグの映画に過剰な期待は禁物で、そのことは、情に流されたSFピノキオ「A.I.」で十分に学習済みだ。結果、無欲で臨んだ本作は、娯楽映画の王道を行くもので、存分に楽しめた。

いったいなぜ自分は見た事もない男を殺すのか。この謎を解き明かす形で映画は進むが、ふいに主人公が陰謀に巻き込まれるのはヒッチコックが好んだ手法。古典をイメージしながら近未来SFのビジュアルで魅せるのが面白い。「犯人は誰か?」ではなく、未来形の「何故、殺すのか?」という逆の考え方で構築する物語は魅力的だ。

カルトな人気を誇るSF作家フィリップ.K.ディックは「ブレード・ランナー」などの作者。ディックの特徴である厭世観はやや薄れているが、無機質な色彩の未来世界のビジョンは、彼の世界を効果的に映し出している。

クセ者揃いの役者の中で、英国人サマンサ・モートンが凄い。プリコグの一人のアガサは、いわば地図のような存在で、事件は彼女の見る未来と過去の映像を頼りに解きほぐされていき、最後には真犯人の場所へと主人公を導く。クルーズに支えられるようにして逃げながら、小さな予言を積み重ねて危機を救う場面がスリリング。犯罪のない理想的なシステムも、予知能力者とはいえ、結局は人間が支えている。

近未来もののアイテムはあまり現実離れせず、今あるものに少しだけ味つけした程度のアナログ的なもの。あまり驚かせてはいけないのだ。しかもこの映画で描く未来は安全な殺人のない世界。もはや武器はセーフティなもので十分なのだが、床を飛び跳ねるスパイダーと嘔吐棒にはやや失笑。しかし、最大の変化は交通システムで、壁を垂直に走る車は見もの。トムもこの部分のアクションには気合が入っている。

この作品のテーマは個人を管理する社会への警鐘と、未来は自分で切り開くものだというメッセージ。今、我々はTVを見るが、未来ではTVが私達を見ている。網膜スキャンで特定した個人向けのスポット広告はそう遠くない未来に現れそう。逃亡中のクルーズにビール会社のCMが呼びかける。「ジョン・アンダートンさん、こんな時こそギネスをどうぞ」。余計なお世話だ。彼は今、それどころじゃない。

□2002年 アメリカ映画 原題「MINORITY REPORT」
□監督:スティーブン・スピルバーグ
□出演:トム・クルーズ、コリン・ファレル、サマンサ・モートン、他

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ハリー・ポッターと秘密の部屋

ハリー・ポッターと秘密の部屋 [DVD]ハリー・ポッターと秘密の部屋 [DVD]
◆プチレビュー◆
原作の縛りのせいか、あれもこれもで目移り状態。楽しいけど何にも残らない。原作ファンを満足させ、未読者を楽しませつつ、映画として高い評価と興行成績をあげる…。これは、難事業だ!

ハリー・ポッターは、仲間たちと共にホグワーツ魔法学校の2年生に進級。彼のもとに屋敷しもべ妖精ドビーが現われ“学校に戻ってはいけない”と警告する。やがて新学期を迎えるが、ハリーの周囲で怪事件が続発。不気味なメッセージは、50年間封印されていた“秘密の部屋”の扉が開かれたと告げていた…。

世界的ベストセラー、ハリポタシリーズの第二弾のサブタイトルは「秘密の部屋」。前作同様、ワクワクするようなファンタジックな世界が展開、新しいキャラクターも登場し、楽しい魔法を次々に見せてくれるのだが、作品の出来としては少々残念なものになっていた。

前作は登場人物の紹介が主だったが、今回は、原作を読んでいるか、第1作を見ていることが前提となるような作りになっている。おかげで人物の描写は大幅に省かれた状態だが、だからといって、ストーリー展開がスムーズなわけではない。原作に忠実なあまり、全てのエピソードがおざなりで中途半端になってしまっているのだ。

魔法学校にまつわる秘密、すなわち封印された“秘密の部屋”の謎とともに、ハリー自身の謎もからめて描く構成になっているが、エピソードを盛り込みすぎて、せっかくの新キャラが殆ど生かされていない。とりあえず、登場させただけという印象では時間を割くだけ無駄というものだ。ロンの妹ジニーにいたっては、重要な役なのに、あの扱いはないだろう。原作既読者には不満、未読者にはワケがわからないという、最悪の描写になってしまうとは。

中でも、ハーマイオニーを筆頭に、女性陣に大人気の新任教師のロックハート先生。ハンサムでナルシストで目立ちたがり屋、いざとなったら弱腰の彼を名優のケネス・ブラナーが演じるが、やはりこの役はヒュー・グラントが適役だろうに。長い長いエンドロール・クレジットの最後に、ちょっと笑えるおまけのワンシーンがあるが、これが彼なのも逆に痛々しい。どうせならもっと盛大に“笑い”に徹してほしかった。

とはいえ、もちろん見所はある。ビジュアル面は第1作同様、すばらしく魅力的で、活字ではフォローできない、映像ならではの躍動感が満載だ。空飛ぶ車や、あばれ柳の場面は目をみはる。それからハリーを演じるラドクリフ少年も、役に慣れたのか、堂々とした演技だ。声変わりや顔つきの変化が危惧されたが、彼の演技面での成長は評価すべきだろう。アクションの要素が強いので、終盤、映画的に盛り上がるのも見逃せないポイントだ。

ハリポタシリーズは、巻が進むにつれて長尺化。このまま、全てを忠実に映像化するスタイルは再考せねばならない時期がきている。原作ファンにとってはどれも大切で大好きなエピソードには違いないけれど、活字と映像の違いをそろそろ認識してもよい頃では。1作、2作で、原作へは十分にスジを通した。今後は、映画作品として破綻することのない簡略化への道の模索が必須だ。

□2002年 アメリカ映画 原題「Harry Potter and the Chamber of Secrets」
□監督:クリス・コロンバス
□出演:ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソン、他

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ゴスフォード・パーク

ゴスフォード・パーク [DVD]ゴスフォード・パーク [DVD]
◆プチレビュー◆
ジャン・ルノワールの名作「ゲームの規則」を彷彿とさせる内容。観る際は、登場人物の名前より、その性格を把握すると理解しやすい。豪華な家具調度品も必見。

1932年。ある富豪の貴族がゴスフォード・パークと呼ばれるカントリーハウスでパーティを催す。集まった親戚一族やゲスト、彼らに付き添う大勢の使用人。人々が入り乱れる中で、屋敷の主が殺される事件が発生。集まったものは皆、彼に良からぬ思いを抱いていたが、複雑な人間関係は思いもよらない事実を浮き彫りにしていく…。

さすがは群像劇の名手アルトマンだ。両手でも足りない登場人物にイギリス映画界の名優たちを惜しげもなく配し、見事にさばいていく。人間模様も、あれこれ説明などせず、何気ないひと言と、わずかな表情や仕草でサラリと描く。一人一人の人物の思惑を過不足なく描き、会話に真実を隠した脚本はオスカー受賞も納得だ。

英国貴族を描く作品は多いが、本作では貴族よりも使用人の目線で描写するのがユニークなところ。とりわけ様々な約束事のある彼らの生活や仕事ぶりが興味深い。新米のメイドと、英国に不慣れなアメリカ人を登場させて、主人や先輩メイドが彼らに物事を教える形で、観客にイギリス上流階級の暮らしを説明する展開が上手い。

貴族を階上に、使用人を階下に分け、彼らには接点はない…はずなのだが、実は2つの世界は巧妙に交わっている。ハリウッドのプロデューサー付の使用人役ライアン・フィリップが、英国人揃いの俳優の中で、面白い味を出す。彼が上と下を自由に行き来する役なのも巧みな演出のひとつだ。

物語の後半、女中頭のヘレン・ミレンが、良い使用人の資質を述べる場面がある。彼女はそれを洞察力と言い切った。主人が何を望んでいるかを推測し、これから起こる出来事を予測して事前に対処できる能力を持つ人間が優秀な使用人なのだと。誰が、いつ、どこで、何を洞察するか。登場人物の何気ない会話や小道具も見逃さないで。

英国の階級社会の人間のこっけいさや哀れさをシニカルに描き、彼らに押さえつけられた人々の不幸の実態も浮き彫りにする。殺人事件の犯人探しは物語のメインではない。一握りの人物と観客だけが、犯人とその動機を知り、招待客は皆、何事もなかったかのように屋敷をあとにするのがその証拠だ。

アルトマン監督はかなりの高齢にもかかわらずその力は衰えることを知らない。しばらくなりをひそめては、毒のある新作をもって登場。そのたびにアルトマンの復活と騒がれるが、いったい何度復活すれば気が済むのか、この人は。ハリウッド嫌いを公言していても、この才能には誰もが感服するに違いない。(ロバート・アルトマン監督、2006年11月に永眠。)

□2001年 アメリカ映画 原題「Gosford Park」
□監督:ロバート・アルトマン
□出演:マギー・スミス、エミリー・ワトソン、マイケル・ガンボン、他

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チェンジング・レーン

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◆プチレビュー◆
小粒ながらも、見応え十分でまさに掘り出し物。おマヌケ顔のベン・アフ、ちょっと見直した!

見知らぬ二人の男が、無謀な車線変更から起きた接触事故でそれぞれの人生を狂わせる。若手エリート弁護士ギャビン・バネックは重要な書類を紛失、大金がからんだ裁判を逃し、アル中の中年男ドイル・ギブソンは別居中の妻から子供の親権を剥奪されてしまう。お互いを憎悪する二人は、憎しみ合い、凶行に及ぶようになる…。

素晴らしい素材があれば豪華な料理が出来るのは当たり前。しかし、腕のいい料理人は、たとえありふれた材料を使っても、工夫しておいしい一皿を作れるものだ。平凡で日常的なハプニングを素材にした本作は、豊潤な資金力だけが目立つアメリカ映画の本当の実力を見せつけてくれる。

描かれるのはわずか1日の出来事。些細な接触事故から当事者二人が憎み合うのは、誠意のない対応への憤りが発端だ。二人にとって、失ったものはあまりにも大きかった。目には目をのリベンジが凄まじく、激化する報復合戦は互いの命さえも脅かす。相手への怒りから、自分自身を見失い、醜い姿をさらす二人。そんな中、ギャビンは会社の不正の事実を知り、ドイルは自らの人間性の欠点に気付いていく。

個人情報の流出の恐ろしさ、自分さえ良ければという身勝手な保身の考え、アルコール依存症、離婚や不倫など、内包する問題は多様だが、この映画の本質は、トラブルに陥った時、人として正しい行動がとれるかどうかを問うものだ。正義と利益の間で悩み、葛藤の末、許し合う瞬間までの道のりが巧みで興味深い。

主演の二人の他にも、ウィリアム・ハートやトニ・コレット、監督としても有名なシドニー・ポラックなど、魅力的で存在感のある役者が脇を固めているのだが、彼らの背景を描く部分は殆ど省かれている。説明不足で不親切にも感じるが、身近な題材でのアイデア勝負の小品としては、逆に省略部分が潔くも見えた。

劇中に性善説を語る部分があるが、人間は本来、善と悪の両方を併せ持つ存在。映画の登場人物も、悪行の合い間に殊勝に反省したりと曖昧さを見せる。悪意と良心が浮き彫りにされ、その間で悩みながら下す決断が生む善良さが、モラルなのではないか。

人はそれぞれ人生という名の道(レーン)を走っている。走る速度も様々だ。思いどおりの速度で走れない時もある。地位と力で何でも出来るギャビンと、何も持っていないドイル。対照的な二人の男の偶然で不幸な出会いは、彼らに人生の“車線変更”を迫ったが、長い1日を終えた二人は、踏みとどまることの大切さを学んでいた。

□2002年 アメリカ映画 原題「CHANGING LANES」
□監督:ロジャー・ミッチェル
□出演:ベン・アフレック、サミュエル・L・ジャクソン、他

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たそがれ清兵衛

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◆プチレビュー◆
これは日本映画の良心。山形県の庄内弁が柔らかで魅力的。お勧めでがんす。

明治維新目前の江戸末期。庄内、海坂藩の下級武士、井口清兵衛は、幼子と老婆を抱え、薄給を内職で補うわびしいやもめ暮らし。金もなく酒にもつきあわず、夕方になると自宅に直行する彼を、同僚は“たそがれ清兵衛”と陰で呼んでいた。そんな彼がひょんなことから剣の腕を買われ、藩内の対立分子を斬る命令を受けてしまう…。

時代劇は一種の様式(スタイル)だ。そこには必ずヒーローがいて、華麗な活躍やラストのカタルシスが用意されている。いい意味でのワンパターンの安心感もあり、それゆえ数々の名作、人気作が多い。日本映画を代表する監督である山田洋次監督が初めて手がけた本格時代劇の本作は、その意味では異色といえる作品だ。

真田広之扮する清兵衛は生活に追われる貧乏侍で、みなりも質素を通り越し薄汚く、風呂にも入らないので、上司から叱られたりしている。暮らしぶりもわびしさそのもので、内職で虫籠を作り、せんべい布団や粗末な食事も痛々しい。それでも、幼い娘を愛しみ、ちょっとボケた老母をいたわりながら平穏に暮らしている。清兵衛は基本的に出世には無関心で、家族で幸せに暮らすことが喜びのマイホーム主義者なのだ。

日頃ぱっとしない人物がここ一番という所でスペシャルな活躍を見せるのは、見ていて胸がすく思いだが、この清兵衛も実は剣の達人。幼なじみで密かに恋心を抱いている朋江(宮沢りえ)の危機を救う場面は痛快だ。しかし、この事件が災いし、藩命ではたし合いをするハメになる。もちろん清兵衛は望まない決闘だが、下級武士はいわば一介のサラリーマン、上司の命令を断れるわけがない。

江戸末期、明治維新の光明はもう目の前に迫っている。そんな時代の波を前にしても愚かな跡目争いを繰り広げる藩は、まるで会社が倒産寸前の不祥事に、社長や重役たちが右往左往する現代社会そのものに見える。城の詰所できっちり働く侍たちは、明日会社が潰れるとしても律儀に働くサラリーマンが透けて見えるよう。悲しい習性と宮仕えの不条理さは昔から変わらないし、上層部のワリを食うのはいつの時代も現場で働く者たちなのだ。

時代考証に1年以上かけ、細部にこだわり抜いただけあって、全編がリアリティ。決闘に臨む清兵衛の身支度を手伝うため走ってきた朋江の髪もちゃんと乱れている。清兵衛の髪を整える場面は濃厚なラブシーンにも似て、愛しい人を死地に送らねばならない朋江の声にならない思いが伝わるよう。武家の女性らしい凛々しさと黎明期特有の新しい価値観の持ち主の朋江は、日本女性の美を体言する存在に思えた。

特筆すべきは殺陣シーンの迫力。敵役を演じるのは前衛舞踏家の田中泯で、これが映画初出演となる。図らずも命のやりとりをする男たちの恐怖やむなしさが見事だ。宮使えの辛さを知る2人が心を通わせる会話と殺陣の緊張感の対比が、独特の“間”を生みだしている。解釈も見る人によりいろいろだろう決着の付け方もいい。

ささやかな希望、哀しみ、そして勇気。実際の侍家業はしんどいものである。リアルさが魅力のこの物語は、清兵衛の娘の遠い日の思い出として綴られている。回想形式は嫌いではないし、それはそれで効果的なのだが、観客と物語の間に距離感が生まれるのが難点。個人的には、通常のスタイルで、より生々しく侍魂のてん末を描いてほしかった気も。

藩命とはいえ命がけの決闘はおそらく主人公の人生のハイライト。しかしそれは愛するもののために闘っただけで、やがて忘れられる歴史の些細なひとコマにすぎない。ヒューマニズムが全体ににじむわりには説教臭さがないのがいい所だ。そのくせ、最後には涙なのだからかなわない。名もない下級武士の心意気をしみじみと描いて清々しい感動を生むドラマは、今後の時代劇の道しるべになりそうな予感だ。

原作は、故藤沢周平の短編「たそがれ清兵衛」「祝い人助八」「竹光始末」の3編。

□2002年 日本映画
□監督:山田洋次
□出演:真田広之、宮沢りえ、丹波哲郎、他

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まぼろし

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◆プチレビュー◆
美しく年齢を重ねた人の優美さを見よ。ぜひお手本にしたい50代のランプリングに思わず見惚れる。原題は「砂の下」の意味。

マリーとジャンは25年連れ添った幸せな夫婦。例年通り、夏のバカンスで海辺の別荘に来たが、マリーが浜辺でまどろんでいる間に、ジャンが行方不明になってしまう。事故か、失踪か、もしや自殺か。大掛かりな捜索が行われるが、手がかりはつかめず捜査は打ち切られる。失意のままパリへ戻るマリー。今までと同じ日常を営むマリーは、ある日ジャンの幻を見るようになる…。

久しぶりに目にする日本語の、それもひらがなのタイトルが新鮮。最近はもっぱら原題が多く、そうでなくてもカタカナの題がほとんどなので、この「まぼろし」という邦題はひときわ目を惹いた。古風な書体で、縦書きで書かれているチラシも珍しく、いったいどんな作品なのかと公開前から妙にそそられる映画だったものだ。

人は愛する者の喪失を、どう乗り越えるのか。過去に幾度も描かれたテーマではあるものの、こんなにシンプルで奥深い作品に巡り合う事はめったにない。全盛期のミケランジェロ・アントニオーニの傑作「情事」を彷彿とさせる内容で、これを撮ったのが、問題作ばかりを世に問うF.オゾンだとは。

穏やかに平凡に暮らしてきたマリーとジャンの50代の夫婦は、お互いに深く愛し合っている。いや、愛し合っていると思っていた、少なくともマリーの方は。波にさらわれるかのように夫が突然いなくなる。にわかに受け入れ難い出来事だが、安否が不明では心の整理さえできない。まるで宙吊りの状態がなんとも残酷なのだ。夫の死を消化できずに彼の幻を見るマリーが「夫は自殺するかもしれないわ。」と、友人に未来形で語り始めるところは、印象的でスリリングだ。

ジャンの不在の真相をサスペンス仕立てで描いていくのが巧みな展開で、妻が夫の幻覚を見る情景も緊張感に溢れている。細部まで練られた脚本に感心した。リアルさと幻影が混在する独特の空気は、マリーの深い孤独感をより強く響かせ、心が揺さぶられる。しかし、容赦ない現実が、観客とマリーに忍び寄ってくる。初めて知るジャンのうつ病と義母の思わぬ冷たい言葉に、マリーの心のバランスは、希望と絶望の間で揺れ動く。よせては返す波打ち際は、生と死の境界線だったのか。ノーメイク、裸身をもさらして演じる50代の名女優ランプリングが素晴らしい。

殺人、同性愛、近親相姦と、アブノーマルな要素を常に盛り込むオゾン監督が、正攻法で撮る映画はあまりにも奥深い。従来のハジケたところは皆無だった。この人は“普通の”作品も撮れるだ!改めてその才能に驚かされた。ヨーロッパでは“いい女”の象徴とあがめられる存在のランプリングとの出会いは、まさに映画界の奇跡と言ってもいいほど。ハリウッドには到底真似できないコラボレーションといえるだろう。

終盤、夫であろう屍が上がり、マリーは事実に対峙せざるを得なくなる。むごい現実は、癒せぬ心の傷をマリーに負わるが、彼女が自ら引き寄せたのは愛の持続という啓示。自分の存在を保ち続け、現実を享受し、ジャンを愛し続ける。

人は、長く寄り添えばお互いを完全に理解できるのだろうか。そして孤独を癒すことは可能なのだろうか。人生を突然襲う受け入れがたい現実への心の準備など、誰も教えてくれない。まぼろしを見た意味を、砂浜で嗚咽し、走り抜けるランプリングが体言している。ラストシーンの余韻は深く透明だ。人間の絆と孤独を描くドラマはオゾンの新境地。喪失と受容は時間をかけて染み渡る。

□2001年 フランス映画 原題「Sous le sable」
□監督:フランソワ・オゾン
□出演:シャーロット・ランプリング、ブリュノ・クレメール、他

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ディナーラッシュ

ディナーラッシュ [DVD]ディナーラッシュ [DVD]
◆プチレビュー◆
歴史に残る名作、大作ではないのは判っている。でも、ツボにハマり最高に好きなのはこんな映画だ。

トライベッカ地区のレストラン「ジジーノ」は、今夜も空席待ちのお客で長蛇の列。経営方針の違いで対立するオーナーと息子を中心に、店の料理人やお客たちがさまざまなハプニングを引き起こし、雑多な人間関係が披露されるが、ギャンブル好きの副シェフと店の乗っ取りを企む新興マフィアの登場により、思いがけない事態が発生。厨房の忙しささながらに、意外な結末へとなだれこんでいく…。

根っからの食いしん坊の私はいわゆるグルメ映画が大好き。食を描いた作品となると、無条件に観たくなる。忘れられない映画は数々あれど、1本だけ挙げるならば、ストイックな精神世界を描いた渋いグルメもので、数々の賞にも輝いた静かなデンマーク映画「バベットの晩餐会」あたりだろうか。一方「ディナーラッシュ」は、それとは対極にあるような、とびきり面白くスピーディでスタイリッシュな群像劇。食してみると、これが何ともいいお味。

NYに実在するレストランで即興的に撮影されたという映像は、強烈なインパクトとしなやかなカメラワークで、喧騒を極める店の内部を次々に観客に披露する。柔らかくほの暗い茶色で統一された店内と、蛍光灯でギラギラした戦場のような厨房との対比も臨場感に溢れ、使い込まれた道具たちが誇らしげに働いている場所。罵声や笑い声で活気に満ちたキッチンの裏側は、それだけでも充分に観る価値がある。

昔堅気の父親ルイスの始めた家庭料理の店は、今やスターシェフの息子ウードが切り盛りする大人気のトレンディスポットへと様変わり。これが父親にはおもしろくない。オヤジは昔ながらのミートボールや、胡椒で味付けされたソーセージが食べたいのに、何なんだ、息子の作るこのヘンテコな料理は!いくら人気があってもオレは認めないゾ。そんな親子の世代交代のドラマが物語の核となる。

登場する人物は皆、魅力的で、さまざまなバランスの力関係がスリリングで絶妙。経営方針で対立する父と息子はもとより、新興マフィアと昔堅気の胴元、シェフと副シェフの間には美貌の女性スタッフがからみ、芸術家気取りの嫌味な画商と勝気なウェイトレスとのやりとりや、雑学でチップをかせぐバーテンダーもユニーク。そして、そんな客やスタッフたちをあきれて見つめるウォール街の証券マン。まるで演劇の舞台空間のように人々が交差する。おまけに種と仕掛けが満載ときた。

セレブ気取りのいけ好かない客たちの中、スノッブな女性料理評論家の容貌が笑える。女装したミック・ジャガーじゃないのかと一瞬我が目を疑った!また、クィーンズ地区から来た新興マフィアの二人組も、店の乗っ取りを狙いながら、実はトラッドなイタリア料理を好んでいるあたり、設定の細やかさが見て取れる。「普通のボンゴレをくれないか。ヌーベル・キュイジーヌは苦手でね。」

軽い小品ながらこの満足感はどうだ?!わずか一夜の間に、多様な人物を、世代交代、経営危機、芸術論や三角関係、果ては殺人事件にまで、見事にからませてしまう。ドンデン返しがまた小気味良く、この映画がサスペンスでもあったことに気づくのだ。物語は実に破綻なくまとまっていて、短い時間でギュッと濃縮された人間ドラマの結末は、鮮やかでありながら同時にホロリ。なんともおしゃれに盛り付けられた、美味なイタリアン・フルコースだ。

NYのイタリアン・レストランでの一夜を舞台にした新感覚の群像劇。溢れるスピード感としゃれた雰囲気が巧みにブレンド。極上の逸品をぜひ味わって。

□2001年 アメリカ映画 原題「DINNERRUSH」
□監督:ボブ・ジラルディ
□出演:ダニー・アイエロ、エドアルド・バレリーニ、カーク・アセヴェド、他

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◆プチレビュー◆
冒頭の回想でオチが読めるのが惜しい。ハンクスは、演技も重いが、体重も重かった。

大恐慌時代のアメリカ。アイルランド系ギャングの殺し屋サリヴァンの息子マイケルが殺しの現場を目撃したために、組織のボスの息子コナーはサリヴァンの妻と次男を殺害。ボスのルーニーはサリヴァンにとっては恩人で父とも慕う人物だったが、組織への復讐を誓ったサリヴァンは、やむなくルーニーと敵対することになる…。

バイオレンス描写満載の傑作時代劇「子連れ狼」の主人公は拝一刀(おがみいっとう)。剣の達人である一刀がなぜ、復讐の旅に足手まといの幼子を連れているのかというと、父として、我が子と地獄の果てまで落ちる決心があるから。冥府魔道(めいふまどう)に生きる覚悟で闘うその姿は、まさに修羅。これもまた、ひとつの親の愛の形か。

父としての行動は全く異なる本作。しかも劇中には2組、更に擬似親子とも言える関係を含めると、3組の父と子が登場し、その感情も複雑で単なる復讐物語ではない。古風なギャング映画でロード・ムービーの形をとりつつ、親子愛を描いた本作のテーマは組織の掟と家族の絆、更に、父親としての愛と責任なのだ。物語は、大五郎よりかなり年上の息子マイケルの回想で始まり、その思い出は、過酷でありながら、同時に輝きのある出来事として綴られている。

ベテランのP.ニューマンがいぶし銀の貫禄で演じ、存在感が抜群。不肖の息子を持つ父として悩み苦しむ姿が何とも痛ましく、渋みもあって見事だ。一方、寡黙で威厳がある父親の、抑えることができない真摯な愛情を巧みに演じるハンクス。あぁ、やっぱりこの人は上手い。残虐な殺し屋を演じるのが、美しさと演技力を併せ持つジュード・ロウ。この殺し屋のキャラが際立って個性的でおもしろすぎるため、劇中でやや浮いているのが気になるところか。

パーディション(地獄)という名の町を目指すふたりの行く道に待つものとは?息子だけは生きてほしいと、親子の別れを覚悟した上の命がけの旅をする父サリヴァン。子連れ狼との決定的な違いがここにある。冥府魔道の道連れになど決してするものか!

父親としての愛情と責任とは何なのか。父は息子に何を伝えられるのか。愛を表すことが苦手な父と、息子を愛するが故に葛藤し、責任を果たせない父。彼らが対峙するシーンは、父親である両者が信頼しあっている分だけ悲劇性が増し、やるせなさと逃れられない宿命を表していて、見ごたえ満点だ。

舞台演出出身のメンデス監督の、風格ある演出と本格的で懐が深いドラマが堪能できる。更に、映画界でも5本の指に入る名カメラマン、コンラッド・ホールの撮影と聞けば、その映像の気品と様式美は約束されたようなものだ。悲劇を予感させる暗い色調の映像が緊張感を醸し出し、父子の“道行き”の物語を彩る。渋い色彩ながら、雪の街のたたずまいや、蝋燭の光などは、絵画のように重厚だ。特に白眉は、クライマックスの夜の雨の中の殺戮シーン。その美しさには、ただため息。

凍てつく冬から新緑の春への旅の中、父が命がけで託した希望を少年は確かに受け取る。澱みなく流れる物語、素晴らしい演出と美しい映像、役者も一流なら、脚本も見事。ご都合主義的な人物も登場せず、余韻の残るラストがまたすばらしい。こんなに完璧だと、逆に悪口を言われるかも…と心配になってしまうほどだ。正攻法で描くのでストーリーの先は読めるが、それが何だと言うのか?!古典の趣を感じる映画はどんな観客をも満足させる。いいものはやっぱりいいのだ!

復讐と救済の旅をする父と子の愛を、新旧3大スターの競演で描くアクション叙事詩。“良い悪人”を演じるハンクスとニューマン。久々に出会った奥行きのあるドラマだ。

□2002年 アメリカ映画 原題「Road To Perdition」
□監督:サム・メンデス
□出演:トム・ハンクス、ポール・ニューマン、ジュード・ロウ、他

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