映画通信シネマッシモ


映画通信シネマッシモは、2018年4月をもって、終了しました。

ブログ終了にあたり、たくさんのあたたかいコメントをお寄せいただき、本当にありがとうございました。
皆さまの映画ライフに少しでもお役に立てたならこれほど嬉しいことはありません。
長い間のご愛顧に心より感謝いたします。

ビリー・ボブ・ソーントン

ファースター 怒りの銃弾

ファースター 怒りの銃弾 [DVD]ファースター 怒りの銃弾 [DVD]
よくぞまぁ、DVDスルーにならなかったと感心する正統派B級映画だが、期待度ゼロなだけに思いがけず楽しめる。

強盗罪で10年の刑期を終えた男“ドライバー”は、兄を殺し自分を陥れた男たち5人に対し復讐を誓っていた。出所するや車を飛ばし、オフィスビルで働く男を迷わず射殺。次に狙った初老の男も銀のリボルバーで仕留めた。定年間近の刑事“コップ”と女性刑事シセロがこの事件を担当することになるが、調べるうちに、被害者の共通点と10年前の事件の真相が浮き彫りになってくる…。

問答無用の復讐劇なのだが、何しろ格闘界で名を轟かせたザ・ロックことドウェイン・ジョンソンが、鬼の形相で仁王立ちしているのだ。監視カメラがあろうが、警察がいようが、殺し屋から狙われようがおかまいなしである。「その筋肉は武器だぜ」と言わしめる彼の肉体は文字通り人間離れしていて、頭に銃をクラッてもへっちゃらなのだ。主要人物3人には名前もなく、ドライバー、コップ、キラーとまるでリングネームのように呼ばれる。深いストーリーよりも目的はあくまで“勝負”なのだ。特に、イケメンでリッチな謎の殺し屋キラーは、存在そのものがワケがわからない。しかしキラーの携帯の着信音を聞いたとき私は理解したのだ。復讐劇、残忍な暴力、激しいガン・ファイト。これはまさしくマカロニ・ウェスタンではないか。それならばすべて納得するしかない。意外な黒幕の正体が最初からバレバレなのはご愛嬌。加えて、せっかくドウェイン・ジョンソンをキャスティングしたのに、銃撃戦が中心で肉弾戦がほとんどないのは少々惜しい。ただ、ここのところファミリー映画路線に傾いていたドウェインが、ストイックなヒーローを演じたことは歓迎したい。
【55点】
(原題「FASTER」)
(アメリカ/ジョージ・ティルマン・Jr監督/ドウェイン・ジョンソン、ビリー・ボブ・ソーントン、カーラ・グギーノ、他)
(不死身度:★★★★★)
チケットぴあ


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ファースター 怒りの銃弾@ぴあ映画生活

庭から昇ったロケット雲

アストロノーツ・ファーマー/庭から昇ったロケット雲
子供にも大人にも夢は大切。だがこのドラマの夢はあまりに現実味に欠けるので、信じたくても無理だ。宇宙飛行士の道を断たれた農場主が自作のロケットで宇宙へ挑む。ロケット作りが全くの絵空事ではないのが21世紀だが、問題は費用と技術力。やんちゃな大富豪が主人公なら説得力が出たかもしれない。何よりビリー・ボブ・ソーントンはアクが強すぎてミス・キャスト。この映画からは家族愛よりも“無茶は禁物”ということを学んでしまった。
【30点】
(原題「The Astronaut Farmer」)
(アメリカ/マイケル・ポーリッシュ監督/ビリー・ボブ・ソーントン、ヴァージニア・マドセン、ブルース・ウィリス、他)
(まねしないで下さい度:★★★★★)

注:DVDタイトル「アストロノーツファーマー」

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チョコレート

チョコレート [DVD]チョコレート [DVD]
◆プチレビュー◆
辛口の恋愛映画の秀作。原題は死刑囚が最期にとる食事に由来する言葉だ。R指定だが、子供なんかにはもったいなくて見せられない。

人種偏見が根深いアメリカ南部で、夫を死刑で、一人息子を交通事故で相次いで失った黒人女性レティシアと、瀕死の息子を病院に運んでくれた白人の男ハンクが出会う。打ちのめされた彼女の前に現われたハンクは、人種差別主義者で、更には夫の死刑を担当した刑務所の看守だったのだが、ハンクもまた目前で息子に自殺されてしまうという悲しみを抱えていた。人種の壁を越えて惹かれあう二人だったが…。

映画「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の中で、“男と女は元々ひとつ、引き裂かれた体の半分を探してさまよい続ける…”という内容の歌が出てくるが、この映画の二人は、自分の相棒がこの相手だったと知って、さぞ驚いただろう。それほど、彼らの間には険しい壁があるのだけれど、二人に共通する悲しみという感情がじわっと壁にしみこんで、いつしかひとつになってしまったのかもしれない。

ベリーのオスカー受賞は確かに感動的だったが、実はこれ、父と子の両方を演じるB.B.ソーントンこそが主人公のストーリーなのだ。もちろん演技ではどちらも引けをとらずに素晴らしいけれど、深すぎる喪失感を味わった男女が出会い、再び新たな希望を取り戻すのは、口数は少ないけれど、よく見ると大胆に行動しているハンクのおかげ。ソーントンはこの人物をほとんど完璧に演じている。

息子が目の前で命を絶つというあまりにもショッキングな事件がきっかけで、ハンクは、黒人と女性を蔑視する父親からの呪縛にとらわれていた自分に気付く。代償が大きかった分、彼の価値感は根底から変わるのだが、殆どセリフなしでこの心境の変化を演じきる無愛想なビリー・ボブが本当に上手い。

勿論、前評判に違わず、H.ベリーも秀逸だ。モトが美人だから汚いナリもさまになる。レティシアには、夫の死が解放をも意味し、その後の息子の事故死すら、レティシアを結果的に自由にする。それ故に、初めてハンクと結ばれる前に「私をもう一度、女に戻して!」と叫んでしまうのか。レティシアが冗談混じりに死んだ息子のことをハンクに語りながら、湧き上がる悲しみとやるせなさを爆発させる演技は、心から血を流して演じるH.ベリーの見せ場だ。

人生のどん底を観た男女が初めて体を求め合う場面は、迫真の演技で、カメラワークも実に凝っている。家具の隙間から覗き見るようなアングルや、鏡やガラスに映り込む映像で、二人の本性のぶつかり合いを描き出す。繰り返し映る鳥かごも印象的。一方で、後半に出てくるもう一つのベッドシーンの穏やかさ。この対比が、二人の心の変化を現わしている。チョコレートアイスクリームを買いに出たハンクが、実は夫の死刑を執行した人物だとレティシアが知るのはこの直後だった。

肥満の息子が食べるチョコレートバー、ハンクがいつも決まって注文するチョコアイス。登場人物たちは、手に入らぬ愛の代用品として苦いチョコレートを食べる。沈黙を続けた物語の最後に、ハンクがつぶやく言葉は「俺たち、きっとうまくいくよ」。映画では聞き慣れたはずのこの台詞がこんなに胸に響くとは…。静寂と緊張感の中で、心に深い傷をおった男女は痛ましい愛の旅立ちを決意する。このときのレティシアの表情が忘れ難く、いつまでも映画の余韻となる。

人種差別や家族の崩壊という社会問題を内包しながらも、あくまで軸は男女の結びつき。この作品がR指定なのは、観れば納得。理由は激しい性描写などではない。起こっている物事や人物の感情全てを言葉で説明しないと判らないお子ちゃまには、まだ、この映画は無理だ。黙して語らず、間合いを味わうビターな恋愛物語なのだから。表情や行間から愛と葛藤が読み取れる大人だけが、鑑賞を許される。ラストの場面で見せるH.ベリーの、悲しくて嬉しくて困ったような表情は値千金。無言のこの演技でオスカーをその手にぐっと引き寄せたと確信した。

□2001年 アメリカ映画 原題「Monster's Ball」
□監督:マーク・フォスター
□出演:ハル・ベリー、ビリー・ボブ・ソーントン、ヒース・レンジャー、他

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バーバー

バーバー【廉価2500円版】 [DVD]バーバー【廉価2500円版】 [DVD]
◆プチレビュー◆
スタイリッシュなモノクロ映像。粒子も細かくソフトな画面で技術も高い。

1949年、北カリフォルニア。無口な床屋エドは漠然と人生に不満を抱いて暮している。ある男の持ち込んだ怪しげな儲け話に乗ったのも「何か」を変えたいと思ったから。早速妻の浮気相手に脅迫状を送り大金をせしめるが、思いもよらない事件が起こり、彼の運命は狂い始める…。

カラー映画が出始めた頃は、費用の問題で、低予算の映画は白黒と相場が決まっていたらしい。しかし現代においては、白黒映画はむしろ贅沢品。陰影に富んだスタイリッシュな映像はアート系の監督に好まれる。

この映画の主人公エドは、漠然とした不満を抱きながらも、来る日も来る日も髪を刈り続ける毎日を送っている。そんなエドがふと耳にした儲け話は、資金1万ドルで始めるドライ・クリーニングという、まったく新しい清潔産業。どう考えても怪しげな話なのに、エドがフラリと乗ってしまうのは、この時代のアメリカが高度成長期の真っ只中だったから。幸せさえもお金で買えると信じても不思議はない時代だった。エドの頭にぼんやりと浮かぶ明るい未来。「これでオレの人生が変わるかも…。」という希望的観測が、彼に妻の浮気相手への脅迫状を書かせる。それから先に起こる出来事は、時にはそんなバカな!と思うような偶然も手伝って、悲劇と喜劇が渾然一体の不条理で滑稽な犯罪劇へと昇華していく。とりたてて不幸なワケではないけれど、幸せも感じない平々凡々な小市民が持ったささやかな野心が、事態を悪い方へ悪い方へと導く。ギリシャ悲劇なみの運命の歯車で、主人公ががんじがらめになっていく様子は“さだめ”というしかない。

主人公エドの淡々とした独白で進む物語。まるで他人事のように事態を語る。詐欺に不倫に恐喝、複数の殺人、誤認逮捕や自殺、交通事故と、濃い要素がてんこもりなのに、いわゆる犯罪映画とは違う趣なのは、犯人探しではなく、犯人の人間像に重点をおいているから。犯人に“されてしまう”瞬間に漂う人々のあきらめのムードが、いかにも罪を隠し持って生きる小市民らしくて泣けてくる。人間の愚かしさや切なさが、ジワッと滲み出る世界に、人生の深淵を覗かせるコーエン兄弟の作品は、孤独と悲哀を知っている大人向け。皮肉なユーモアと乾いたタッチは、一市民の夢のはてと転落を冷淡で滑稽に描いている。

ゆるやかでセンチメンタルなベートーベンのピアノソナタ「悲愴」の調べにのって流れていく物語は、意識的にスローな映像が強調されている。小道具の質感が上手く表現されていて、ハラハラと舞い落ちる切った髪、ビシッとひびがはいるガラス、宙を飛ぶ車や空気中にフワ〜ッと拡がって消えるタバコの煙など、丁寧な描写が光る。テンポがスローになればなるほど、アイテムの描写が生理的で丁寧なほど、エドの心の空虚さと孤独が浮かび上がる。

人はときとして自分の分相応以上の夢を持つ。自分の実力を武器に良い方向に進めば、それは成功への道になるけれど、夢を買う手段がヤバい方法だと、途端に運命のしっぺがえしをくらうことに。平凡な人生を生きるものの一人としては、笑いごとではない。

平凡な床屋がささいな欲を持ったために辿る、皮肉な運命の悲喜劇を描く本作。ブラックな味わいが冴える悲劇と喜劇の合体に、人生の不可思議を見る。原題は“存在しなかった男”の意味だ。

□2001年 アメリカ映画 原題「The Man Who Wasn't There」
□監督:コーエン兄弟(ジョエル・イーサン)
□出演:ビリー・ボブ・ソーントン、フランシス・マクドーマンド、他

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