「わが母の記」 オフィシャルフィルム読本 (TOKYO NEWS MOOK 294号)
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昭和の文豪・井上靖の自伝的小説を映画化した「わが母の記」。ユーモアとすごみが同居する樹木希林の演技が素晴らしい。
小説家の伊上洪作は、高齢のため、認知症の症状が進んだ母・八重をひきとることになる。洪作は、幼い頃に一人だけ他所に預けられて育った経験から、母から捨てられたとの思いを抱きながら生きてきた。妻、3人の娘、妹たちから支えられ、洪作は初めて母と向き合うことになる。母・八重もまた薄れゆく記憶の中で、息子への思いを確かめようとしていた…。
昭和の時代の、中・上流家庭の家族劇。原田眞人監督自らが公言しているように、本作は名匠・小津安二郎の映画を強く意識している。だが家族の静かな崩壊を描き続けた小津映画との違いは、本作が、記憶をたどりながら描く家族の再生の物語だということだ。自分を捨てた母と距離を置いてきた洪作は、同居することになって初めて母に自分の本心をぶつけるが、認知症が進んだ母から帰ってきた言葉は意外なものだ。映画は、母の“本心”をじわじわとあぶり出し、洪作の記憶と八重の記憶の距離を縮めながら、大きく深い母親の愛を映し出していく。八重の秘めた想いは、主人公だけでなく、見ている観客も、はっと驚かされ、涙を誘うものなのだが、決して大仰ではなく、あくまでもさらりと描く筆致に感銘を受けた。幼い頃に書いた詩、離れて暮らす真意、背中に背負う老いた母の重み。昭和の時代の、端正な暮らしぶりを丁寧に描きながら、3世代の家族の確執と和解のドラマを、ユーモアも交えて活写した本作、原田眞人監督の新境地といえよう。俳優陣は皆、好演だが、とりわけ、記憶を失っていても、すべてを理解しているかのような母・八重を演じる樹木希林の妙演にはうなる。主人公をとりまく、にぎやかな女性キャラはこの映画を楽しく、華やかに彩って魅力的。そんな中、妻・美津の「あなたは捨てられたと思っていていい。それで素晴らしい小説を書けるのなら」との、さりげなくも残酷なセリフにドキリとした。凄味ともいえる愛情で息子に接していた母・八重とともに、常に寄り添い夫を支える控えめな妻・美津のしたたかさ。女たちの優しさと怖さを感じさせる物語だ。
【70点】
(原題「わが母の記」)
(日本/原田眞人監督/役所広司、樹木希林、宮崎あおい、他)
(家族愛度:★★★★★)
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